
袖すり合うも他生の縁。
私は、この言葉を想いながら生きています。
人との関りで、嬉しい事や、悔しい事、腹立たしい事があると、この人とは、過去生で袖をすり合った以上のご縁があったのだろうな・・・と。
でも、悔しい事、腹立たしい事、酷いと思う事が色々あり、苦しい思いをしていたとしても、それは過去生に全て理由があるわけでもなく、大事な事は自分の中に起きた、自分を苦しめている出来事の今世での要因と向き合い、自分が成長する事なんじゃないかと思います。
スピリチュアルな事に携わっていると、人間関係での生き辛さの理由を前世のせいにする人も少なくありません。もしかしたらそこにちょっとした因果があるかもしれませんが、多くの事は「現世」の自分の中に解くカギがあると感じています。
私が、この世界を信じざるを得なくなったのは、15歳の頃です。
下半身に湿疹が出来て、それがひどくなり膿んでいました。病院に行っても原因も解らず、治らず。歩く事すらままならなくなりました。半年ほど湿疹で苦しみました。父に診てもらうと「アメリカに帰りたい」と号泣をしました。私は太平洋戦争で亡くなったアメリカ兵だったようです。父に言われ、前世供養を始めました。湿疹は嘘のように治まっていきました。
そこから、私はみなさんご存じの通り、アメリカと古いアメリカ音楽を追い続け、第二次大戦時代の流行歌をその時代を生きたアメリカ人ミュージシャン達とアルバムを作り、第二次大戦の時代を生きたアメリカ人に贈る、というプロジェクトをしました。アメリカに帰れなかった前世での「想い」です。執着でもあると思います。
そのプロジェクトは、神様の計らいか、何のお陰か、不思議な流れで、必要な出会いやお金も作る事が出来(借りた分もあるけど、借りれる当てがあった)、なんとか成功をしました。
プロジェクトが終わった後、父は、「もういい加減にしろ。執着を手放せ」といいましたが、私はその時代の前世から解放されませんでした。気が済まなかったという感じです。それから何年もして、前のプロジェクトで出会った元連合軍捕虜で、日本の福岡県で使役されていたアメリカ兵のおじいさんとネットを介して再会し、生まれ故郷を基点に戦争に関わる旅や活動が始まりました。
その活動の中で、流れを見ながら、かなり色々な人に出会い、色々な所に行きました。私自身が色々と翻弄されていましたし、色んな方々にご迷惑をかけた部分もあると思いますが、色んな方面や立場の人と出会う事で、あの戦争が何であったのか、どういう仕組みで戦争が起こるのか、世界はどういう仕組みで動かされているのか、私なりではありますが解ってきました。その活動を通して感じた事、考えた事、調べた事を一冊の冊子にし、故郷で配布しました。その冊子を見た大学教授が大学での特別講義の依頼をいただきました。
その講義が終わった時、私の中でやっと「何かが終わった」、アメリカ兵だった時の想い残しがやっと終わった。と。
気が済みました。
それまでは、おかしなことに、自分が日本人であるという事や、日本を受け入れる事が出来なかったのですが、その頃から自分が日本人であるという事を受け入れられるようになりました。でも今度は、アメリカに対する、世界の仕組み対する「日本人としての疑問」でした。(人生の)物語のフェイズ(段階・場面)が変わったような感じです。
大学で講義を行わせていただいた年と、その前年にはアメリカ領事館での独立記念日式典でアメリカと日本の国歌を歌わせていただく機会を得ました。今思うと何かが(フェイズ)が移行する象徴的な出来事でもあったような気がします。そもそも、そんな仕事が舞い込んでくることが奇跡的でした。
30年近くかかったアメリカ兵の想いは、奇跡の様な出会いや流れがありました。失敗や遠回りも沢山ありましたが、今ではもうアメリカ兵だった時の思い出は納まっています。全くうずきません。
今世を生きるのに、前世は関係あるのかないのか・・・。
みんな何らかの影響はあるとは思うのですが、人それぞれで、それぞれの魂にはそれぞれの想いや課題があって、みんな違うのだと思います。
私は、20歳の頃から「流れ」を感じ取る様に心がけてはいます。「私」が違う方向に行きそうになればシグナルが出ます。それに気づかず進んでいると、全く進めなくなったり、問題が起きて気づかされることもありました。自分が今世で進むべき道には、流れがあると感じています。見えない霊、守護霊さま達がサインを出したり、現象として起こしてくれているように感じています。
もしも「前世で○○だったから」と、解っても、それに対して今世の自分がどうするのか、どう生きるのか、自分がどう進むのか。「前世で○○だったから」というのが無くても、自分の中の奥底に耳を傾けて生きていると、自分が(魂)進みたい方向に気づけ、その時には色々なサポートがやってくると思います。
色々なスピリチュアリストの様な人が、あなたの前世を教えてくれるかもしれません。でも、その人は、何百もあるかもしれない前世のうちのどこか一つ二つの前世のいくつかのシーンを見ているだけかもしれません。そのシーンを伝えたいのであれば、そのシーンにどんな意味があって、今世でそれがどう影響しているのか。重要なのか、そうでもないのか。
解ってお伝えしている人は少ないと思いますし、前世を見つめる事よりも、しっかり今世と、今世の自分自身を見つめる事の方がはるかに有意義だとも思います。
自分にとって何が大切で、何が好きで、何が嬉しくて、何がしたくて・・・。その破片をひとつひとつ紡ぎ合わせていく事で、自分の魂が求めている道に進めるような気がしています。
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話が少しずれますが、数日前ユニクロの周年祭でお買い物をしてきました。25年ほど着ているグレイのスエットのパーカー。アメリカでのメンズです。私はこのパーカーが大好きで、25年も手放せず今も着ています。でもそろそろ、ちょっとボロくなったので、ユニクロに丁度いい感じのグレーのメンズのパーカーがあったので買いました。嬉しくて、タグをつけたまま部屋で着ていました。
その翌朝、起き抜けに。
「あ、私、女に生まれてよかったな」と思いました。
私は十代の頃から、特に二十代、三十代の頃に「女らしくない」ので、父にもよく叱られました。その度に、自分が女に生まれて来たことが不思議でなりませんでした。長男が生まれる事を望んでいた父は女の子が生まれて来てとてもがっかりしたのか、病院にも来なかったそうです。20代くらいまでは、自分が女に生まれてきた事で自分は父親から愛されてなかったんだと思っていました。それでも、アメリカで往年のジャズミュージシャンと関わっていた頃、女に生まれて来て良かった利点は、往年のミュージシャン達から見れば「女の子」で、ちょっと変わっていたり、失礼な感じがあっても、それがお茶目な愛らしさとなって、とても可愛がってもらえた事でした。もし私が男だったら、あのように可愛がられなかったかもしれません。
でも、それ以外は、女性らしさがちょっと足りない事で「女性としての生き難さ」のような物を感じていました。←とはいえ、レズビアンではありません。
あの朝思った「女に生まれて来て良かった」というのは。
もしも、私が男で生まれていたら、私は長男でした。日本的かもしれませんが、長男には長男の役割があります。家族は私に「長男」の役割をどこかで期待したと思います。私は今のように自由に生きる事はとても難しかったと思います。自由に生きたいと思ったら、次女としての今世以上に色々な問題があったと思います。だけど、そもそも、魂が生まれる場所や親、性別を決めて生まれてくるのだとしたら、長男で生まれてくるというのは私にはどうにもこうにもあり得なかっただろうと思います。
家族と絶縁となり、一人でこうして生きていながらも、父の仕事を私なりのスタイルで受け継いでいますが、父の元で、長男として生まれ育っていたら、今の様なスタイルやメソッドでのクリスタライズの仕事は生まれてないと思います。
「女に生まれて正しかったんだ」と。
ふと思うと、私はメンズの洋服をよく着ます。なんか安心するんです。持っている服の半分位はメンズです。
そういえば、アメリカ兵の前世の想いが終わった後、オリーブカラーや、迷彩色の服や小物を買わなくなりました。なんでか、そういう物を身に着けると安心してたんだです。不思議な感覚でした。
父と暮らしていると、「前世の傷」が出てくることも少なくありませんでした。これは、本当かウソかよくわからなかったのですが、父に診てもらって前世供養をすると治るんです。私は子供の頃から耳が悪くて、よく中耳炎になっていました。中耳炎になっていなくても、耳が痛いという事がよくあり、その度に父に診てもらっていました。
いつも出てくるのが「矢が刺さっとるぞ」といって、矢を抜くんです。いつもです。
嘘じゃん。詐欺じゃん。と思いながらも、やってもらっていました。そういえば、20代半ばからは全く中耳炎になっていないです。
で、ある日気づいたのですが、父の前で出てくる前世は全て男なんです。女だった時代の前世って出てきた事あるのか無いのか。あるのだとは思うけど、少ないと思うんです。7:3位で男の生が多い気がするの。どうだろ。
自分の中に「女らしさ」や「女性性」「母性」がちょっと欠如しているとも感じ不思議に思ったことも多くあります。
「なんで女に生まれたんだろう」と、納得がいかない事もよくありましたが、あの朝、「私、女に生まれてよかった!完璧な計画だわ!」と50歳で初めて思いました。
「前世の傷」というのがあるんだ!
と思って、穿り出さないでください。必要があれば、出てくるし、そういう時には、そういった出会い(傷を治してくれる霊能者)もあると思います。また、何でもかんでも前世のせいにはせず、しっかり今世の自分自身とに向き合ってください。この向き合いをせずにスピリチュアルに行くと、訳が分からないワークにすごくお金を使ったりしてしまいます。とはいえ、訳が分からないワークにお金を使う事も経験です。人は痛い思いをして初めて考えて学びます。私もよく解らないスピにも結構お金を使いました。受けてみないと、その人(ヒーラーなど)と関わらないと見えない事、解らない事もあります。とにかく痛い目に遭わないと、人はなかなか学びません。私然り。