クリスタライズのスピリチュアル2|霊障や供養

Captain Seina

featured

前の記事に書いたように、最近は亡くなったご家族に関するワークが時々必要な場合があります。
私はあくまでも、お客さまの「感情」を解くことが目的で、亡くなった方に関するワーク、供養がメインで目的ではありません。
これは、父の仕事やスピリチュアルな世界に携わりながら亡くなったかたの供養をするだけでその人の生き辛さを解決できない、その人が幸せになれる訳ではないと感じて来たからです。
霊障という物や、供養の必要性はあると思う。だけど、そこにフォーカスをすると自分自身の問題から目を背ける事にもなると感じています。
スピリチュアル、見えない世界を扱うご商売の方々には得意とする分野があると思います。霊障や、供養というものを得意としている方々もいます。でも、その方々が感情の問題を解けるかと言うと、そうではない方が多いと思う。クリスタライズは「感情屋」です。
強い霊障や、除霊、浄霊は、場合によってはとても複雑だったり、危険な場合もあります。荒行は精神と肉体を鍛える為にそういう方たちにはとても大事な行だとも思います。私の父はこちらの系統です。
20代の頃、見えない存在に繋がろうとして、瞑想や水晶をしていた頃がありました。その後、私は高熱を出し、結膜炎になり、病院に行くと先生は驚き、大きな病院への紹介状を書き、結膜炎が家族にうつるかもしれないので、家の中で私を隔離するように、と言いました。
怖くなって、父に「見てくれ」と頼むと。父は仕方なく見てくれました。「仕方なく」というのは、私が興味本位でスピリチュアルな事に自分で色々手を出すので、父は私をよく叱っていましたが、私が全く聞かないからです。水晶や瞑想のような事も父に見つからない様にやっていました。
父に見てもらうと。
「おまえ!何をしたんか!」と、すんごい剣幕で怒られました。
「おまえ、何を連れて来たんか解っとるんか!この世界はの、命持って行かれるんぞ!」
父はそれを「魔王」といいました。
父に、私が買い集めた水晶などの鉱石一式を全て差し出しました。父はそれを木の箱に入れ、釘で打ち付けました。私に対してはかなりスペシャルなお祓い、除霊のような事をしました。
その後から私の熱は下がり始め、結膜炎は跡形もなく治りました。
かな~り、怒られました。父でもかなり驚いたそうです。
こういうケースは、弱くて優しい人には危険な場合もあると思います。なので、苦行や荒行は無駄だという人もいますが、それも分野によるのだと思います。
この世が辛いので、この世以外につながりや答えを求めようとしてしまっていたんだと思います。

また、自分の波動が低いと、そういう物を引き寄せます。憑依体質で、良からぬものをもらってくる場合も。憑依されたから、除霊というのもその人本人が変わらない限り、取っても、取っても、次から次へと乗ってくる。いたちごっこ。
エゴとか、恨み、羨望、嫉妬、強欲とか。自己憐憫、責任転嫁とか。そういうのがあると、貰いやすい。周波数が合うというか。
友達なんかも、結局似た人たちや、共通の何かとか、共感とかがどこかで持てる人が友達になる様に、乗っかってくる霊と共通する何かがあるんだと思う。
見えたり、感じたからといって、「何とかしてあげたい」と思っても、何とかしてあげるにもその人の人間力や許容量があると思うの。生きている人間と同じ。でも霊の場合は、目に見えない(場合が多い)し、見えない世界とこの世のつながりや仕組みをある程度理解して対処しないと何ともしてあげられない。
生きている人間を見て、困っていたり、苦しんでいる人が居て、何とかしてあげたいと思っても、助けてあげる事はとても難しい。多くの場合、やってあげられる事は表層的な事で、根本的な部分を変えられないと、その人はまた同じような困難や苦しみに陥る。良かれと思ってやってあげた事で、その人の依存心や、甘えを助長することもあるし、自分の暮らしがままならなくなることもある。保証人なんかもそういうのかも。
じゃぁ、誰も助けない方がいいのかというと、それぞれの縁があり、それぞれに因果関係が過去生にあったり、もしかしたらあたらしく作っているかも、もあるし、何とも言えない。それはこれぞれ個人の選択の自由と責任なんだと思う。
乗ってきたり、助けを求めて来た霊があったとしても、自分の力量を考えて対応しないと危ないと思う。
仕事以外では、今は殆ど、見ざる、聞かざる、感じざるですが、私こそ、憑依のオンパレードみたいな人でした。私の場合は、自分の波動が低い(かも)というだけではなく、私の場合は、ついていったら父がいるので「何とかしてもらえる」と思って乗ってくることも多かったです。
あとやっぱり、自分が弱かったり、優柔不断だともらいやすいです。
憑依が劇的に減ったのは、感情解放で自分の中の感情を整理して手放してからの7~8年前からです。驚くほどに減りました。自分の感情が整理されて、恨みや羨望、自己憐憫とかが減ると、人の事なんてどうでもよくなるんです。相手との距離やボーダーラインが解って来るので、私にはどうしようも出来ない事には頭を突っ込んだり、妙に詮索もしなくなります。冷たいように思われるかもしれませんが、それがその人への「尊重」でもあるし、自分を守る術でもあると思う。
それと、「憑依された」とか、憑依した霊が悪くて、邪悪のように言う人もいますが、霊が一方的に悪い訳じゃなく、憑依される側にもそれなりの理由があるのだと思います。引き合っていたり、隙があったりします。
「君子危うきに近づかず」
人であれ、霊であれ、解っていながらも、近づきたいと自分が思っているなら、それもその人の自由と責任。その人にとっては、そこで学べる何かがあるのかもですね。
===
供養。
亡くなってからも彷徨っている魂、想いを残している魂をあげる。浄霊というのかな。供養と浄霊はちょっと違うかもしれないけど、私は浄霊というより供養という言葉が使い慣れているので「供養」といいます。

父が一番多くしていた事は供養です。
前世供養、先祖供養、誰か特定の人、水子供養、無縁供養。
供養や浄霊のやり方は、様々だと思います。
一番大事なことは、その霊を「納得させる」ことだと思います。

生きている人間も、聞き分けの悪い人もいます。霊も同じです。
しっかり想いを汲んであげて、あげてあげられる人もいれば、叱り上げてあげる人もいる。私の父は、ある程度は聞き入れるけど、あまりにも聞き分けがないと叱り上げていました。不思議なんですが、生きている父という人も、そういう人で、私たちがあまりにも聞き分けが無かったら「叱り上げて黙らせる」「叱り上げてやらせる」人で、私たちも渋々ながらもいう事を聞きます。威厳というのでしょうか。強さと迫力ですね。
霊の場合も、納得がいかなくても、そこそこ威厳のある人が「叱り上げる」と、言う事を聞いてあがるように感じます。
私の場合は、お客さまの感情解放のワークの中で必要があれば、お亡くなりになったご家族の供養をします。私は「叱り上げて、威厳で上げる」タイプではないので、その霊がどうして欲しいのかという事を一番に考えます。私に出来る事を考え、状況や霊の様子を見ながらその霊が安心する方法を模索します。
出来る限りご本人(お客さま)に供養をしてもらいます。というのも、他人の私が間に入りやってあげる事より、その人(お客様)にやってもらった方が霊も喜ぶし、安心してくださる気がしてるからです。霊が何かを伝えたいのは、私じゃなくてその人なんです。なので、出来るだけ気持ちを汲んで差し上げたいと思い、そういう方法を編み出しました。
その供養をしている(ワーク)時に、お客様ご自身が色々な事に気づきます。
その方の心に色々と偏りがあると、その人の思い込みや、その人にとって都合のいいメッセージを受け取ってしまう事もあります。どの段階で、どの様にやらせるかは、ワークの進み具合や心の状態を見ながら指示をします。
お亡くなりになられた親御さん、祖父母、ごきょうだいで感情解放のワークの中で必要があれば、必要な範囲だけ行うという感じです。

今の所、
前世供養はしません。
祖父母から先の先祖を掘り起こしてのご供養はしません。
友人などの特定な人、その人にとっての他人(血縁以外)のご供養はしません。
水子供養もしません。
無縁さんの供養は、どう考えてもその人やその家族があまりにもひどい事を他人にしてきている、恨みをかなり買っている、と解った時にはやらせることがあるかもしれません。生きている人だったら、生霊というのかな。でも、生霊の場合は今現在の「あなた」に何らかの問題もあるのだと思うの。だから、生霊を送った人が悪いというより、その人に関わっている「あなた」、恨みを買う様な事をやってしまった「あなた」にフォーカスをしてもらいたい。それは、感情解放のワークの中で、しっかり自分と向き合う作業をしていると、そういう自分に真摯に気づくと思います。前にも書いたように、その人が変わらないとイタチごっこになる事も少なくありません。
クリスタライズがワークの際に行う「無縁供養」はすでに亡くなった方がその家系に送っている想念の類で、生霊の死んだ人版で、先祖が買った恨みが感情解放のワークの中で支障があると感じた時だけです。これも、ご本人(お客様)に指示をしてやって頂きます。
というのも、恨みを買っているのは、私ではなく、その人の血縁で、恨みを持っている人は「孫の代まで・・・」なんて思ってしまうのかもしれません。なので、おじいさまがちょっと酷い事をしまくっていたら、孫にあたるご本人にまでその恨みの想いは行くのだと思うの。なので、孫にあたるその人は何にもしてないかもしれないけど孫もターゲットなの。怒りを持っているのはその人のおじい様であって、その血縁。なので、その血縁にその人の悔しさなどを受け止めて謝罪をしてもらうという感じかな。私が別料金をもらってやってあげたとしても、その血縁が受け止めて謝罪をする事の方がその霊は納得がいくと思うんです。とはいえ、こういったのはちょっと面倒なので余程必要がないとやりません。