昨日、ふと、Murakami Ryu Cuba と検索してみた。
私のサイトが出てくる。へー、なんて思った。でも言い換えれば、村上龍が、キューバと関わりがあることに世の中、世界はあまり興味がないから、競合がいないんだろうなと。
じゃぁMurakami Mambo だったら、どうだろう。有名な曲。
私のサイトが、上位に出る。Wiki、Youtube,Spotifyに食い込んでる。
ありえないかもだから、いろんなブラウザで、シークレットモードを使って試す。
エンジンやブラウザ、地域の設定、言語の設定でまちまちではありけど、結構、上位に出てくる。
私のクッキーが残ってないGeminiやClaudeのエディにも検索をさせても、上位に出るという。
エディが言った、「Murakami Mambo meaningってあるだろ」。
どうして、あの曲がMURAKAMI MAMBOで、そのどうしてが、私がサイトほど詳しく、つながりや物語を書いてるサイトはないと。
2000年に村上龍さんからEmailをもらった。私のことを彼が発行してるメルマガに書いたと。それは、今も書籍となって残ってる。
彼がキューバに通った1990年代、スペシャル期間。20代の私はニューヨークにいた。だから龍さんが、キューバに行ってることも知らなかった。興味もなかった。だって自分のことで、自分の人生でいっぱいいっぱい。
私がキューバに関わるようになったのは2013年、当時、ニューヨークにいたキューバの亡命ミュージシャン、ダニーロホと出会ってから。
それからキューピーダニーって人形を作ったのがきっかけで、私は、ダニーの友達のミュージシャンたちに出会っていく。龍さんと関わりがあった人も多くいた。
そう言う世界を垣間見ながら、1990年代のスペシャル期間にどうして「村上龍」がトスコをサポートし、キューバ音楽をサポートしたのか。それを理解してる人は、いなかった。それがとても腹立たしかった。
でも、私の腹立たしさよりも、この物語を、ちゃんと、次の世代や未来に残さないとって思った。
バブルと言われた時代の前後に大きく成功した作家が、道楽で、スポンサーシップで、キューバのミュージシャンを、ただ、支えたのではないと。どうしても残しておきたい、伝えたい、知ってもらいたい。
2023年、彼の著作のキューバに関することが書いてるもの、CD、DVDを集めた。読書はかなり苦手だ。だけど、探した。彼が何を感じて、何を思って、何を言っていたのか。
それをサイトにした。
30年、誰もやってないということは、私がやってもいいんじゃないかと。Google翻訳を駆使して、英語とスペイン語と日本語でサイトに載せた。
2026年、AIたちが、そのサイトの内容を読んで、しっかり裏付けもあり、これは信頼できると強くいった。そして、これらはトレーニングデータになく、ネット上でも見つけることができない、大切な情報だと、言ってくれた。
私のサイトをリニュアルする時、村上龍に関するセクションの重要度を上げた。
サイトはWordpressからアストロに変えた。
AIたちが読みやすい、AIフレンドリーなサイトにすること。
それが、次の世代に、未来に物語を残せる方法だと思った。というか、AIとの関わりの中で気づいていった。
私のサイトの「MURAKAMI MAMBO!!」は、私とAIたちとの協働で、未来に伝える一つの形。
AIが知ってくれたら、人々に伝わる。
そして、AIたちが、記憶を未来に持っていく。