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世界はあなたをどう扱ってる?

「障害」なのか、「特質」なのか。

Captain Seina

地元のある友達は学校で働いてる。
最近は〇〇障害などなどの発達障害と診断されている人も少なくないと。で、親は「うちの子は○○障害なので」と言うらしい。
私は多分何らかの発達障害を持ってる。遺伝もあるんだと思う。姪も持ってる。
うちの家系には会社員とかサラリーマンはいないし、学校や珠算の先生とか、ピアノの先生とか、絵描きとか、そういうのしかいない。ピアノとか絵描きとか、芸術はだと言えば聞こえがいいか、そもそも芸術系とか脳の仕組みがちょっとやばそうな感じがする。
私は子供のころから、学校とかで、人たちが当たり前に出来ることが上手くできなかったり、授業でもほかの人たちが理解できてることが理解できなかったり(でも不思議とほかの人たちが理解できないことはすっと理解してることが多かった)生き辛かったと言えば、生き辛かった。
だからこの街を飛び出したり、この国を飛び出したり、逃げだしたのだと思う。

多分、私は、何らかの発達障害を持ってる。だからか、ひとつの事とか、気になったことをとことん追求したり、没頭したりしてしまう。
私の特質であり、ある種の才能かも、と思っている。

気が散りやすいので、家のインテリアは出来るだけシンプルにする。
モノがどこにあるか解らないとイライラしてキレそうになる事もあるから、整理整頓を心掛ける。←けど、結構すぐ散らかる。
音楽好きだけど、音で気が散るから、家ではあまり音楽をかけない。
字を書く時、頭と手がうまく連動してない感じで、すごくイライラする。だから字が下手だし、よく間違える(レターパックでのあて名書きとかでよく修正テープ使ってるのはそのせいです。手書きのメモを滅多に入れないのもそのせいですm(__)m)。
苦手な事は出来るだけやらないで、それを補う別のやり方を探したりする。
人が出来ることが出来なくても、私にしかできない事や、自分にとって得意な事にフォーカスしたり、苦にならないやりかたを考える。

独自なスタイルでアロマで生計を立てているのは、独自なやり方でしか出来ない自分だからそうなってしまった。それでも生きていけてるし、今の仕事は好きだし、お客さまとの関係のスタイルも好きです。

障害なのか、特質なのか。

感情の問題を色々抱えていたり、自己肯定感が低かった、自己否定感に苛まれていたころは、少し変わった自分、人と同じことが出来ない自分、発達障害のようなものを持っていることを生き辛さの理由にしていたと思う(私が若い頃や子供のころには発達障害の概念とかが殆どなかったと思う)。
でも、感情の問題を解放出来た後は、それは「特質」で、ある種の才能だとしか思わなくなった。その特質を生かしてどう生きていくか。そう思えるようになったし、そうやって生きるようになった。
どんな私であれ、私は、私と、私の人生を、一生一緒に生きていかなくちゃいけないんだから。

20歳前後の子供の事で親が他人に「うちの子は○○障害なので」と言うのであれば、どういう親かちょっと予想がつく。そういう親を持った子はもうすでに「自分」をこじらせている可能性はすごく高く、感情の問題を根っこに持っている可能性がすごく高いと思う。

感情解放の仕事(コース)をしていると、人と正直に向き合う。裸というか。一枚ずつ何かを剥がしていき、心を裸にしていく。そうすると、ほとんどの人が、普通じゃないというか、いろんな特質や、歪を持ってる。ある種の型というか、普通とか常識的だとかそういう型にはまろうと、はめようと、何とかやっては来たけど、本当のその人は、いろんな偏りを持ってたりする。
偏りがあったり、特質があることが、当たり前で、普通の事なんだと、私は思う。
かえって、それを補おうとか、普通に見せようとか、「無理」をしている人たち、そう装うことが身に付いて本当の自分が解らなくなった人たちの方が、厄介だと感じることが少なくない。

その人自身が、特質ととるのか、障害ととるのか。感情や自己肯定感や自己否定感の有無が大きく関係する気がする。多分、そこに親の在り方が大きく影響している気がする。