
お昼前に「ショウコちゃん、遊びに行っていい?」とママが。
「いいよ!おいで!」
「じゃあ、今から準備してお父さん(社長)に送ってもらうね」
「お菓子買う所が解らなかったわ」
「まま、いいっちゃ。お菓子とかナッツとかいろいろあるから」
「あんたに、いろいろ持ってきたよ」と、紙袋から色々出す。
レトルトのカレーとか、うどんとか。しょうがのみそ漬け。
お母さんみたいだ( *´艸`)
午後に陽が差すと、ママは日向ぼっこして、「気持ちがいい」を連発。
「ママ、この椅子に座りっちゃ。この椅子に座らせちゃるっちゃ。」←北九弁
いつも何十万円もする椅子に座っているママ。
IKEAのポエングに座らせると、えらく気に入り、ママはそれ以来立たなかった(笑)。
「そういえば、この前Nビル(飲み屋の入ったビル)の所で、K田さん(私が働いていた店の店長だった人)にばったり会ったよ!」
「K田さん、82歳よ!今もC(ママの店で働いていた女性)の店で働いてるの。すごいよね。」
K田さんの話になると、いろんな事を思い出したようで、いろんな昔話をしてくれた。
ママも社長も、必要以上にいろんな事を語らないし、ママの店で働いている女性や従業員に心配させるような事は言わない人たちだったから、私はいろんな事を知らない。でも、夜の世界。いろんな人たちがいて、普通の常識では考えられないような出来事が沢山あったらしい。
そんな、海千山千を見てきて、乗り越えてきたママたち。色んな出来事や事件も、今では思い出。私が知らなかった、気づきもしてなかった夜の世界の話をママがしてくれる。
もともと社長とママは昼間の会社勤めの人たちだったんだけど、ひょんなきっかけで夜の世界に入っていくことになったんだって。
友人に頼まれてその人の友人にお金を貸した。借用書とお店の権利書を残してその人はいなくなったらしい。そのお店が「珍竹林」だったんだって。
ママは二人の子育てをしながら、お昼間会社勤めをして、夜はそのお店で働くことになった。全くの素人で、ビールの瓶を開ける事も出来なかったんだと。でも、その素人さがお客さんに受けて、みんな心配してお店に通ってくれるようになったんだって。
でも、育児、会社勤め、お店をやっていたら体に負担が来て倒れたんだって。それで、お昼の会社を辞めたんだと。でもお店は権利書持っていて、自分の店でしょ。だから、会社は辞めたけどお店はやっていくことになってしまったみたい。
そんな、ママと社長が割烹、居酒屋、スナック、ラウンジ、高級クラブ、一時期は10軒くらいのお店を持ってたの。沢山の従業員を抱えてた。
その頃に、ママと社長に知り合ったの。
ママも社長も夜の人じゃない。だけど、何の因果か夜の仕事を切り盛りする。たくさんの従業員を抱え、雇用を維持し、いろんな事があり、いろんな目に遭う。騙されたり、お金持って逃げられたり、びっくりたまげることの連続で、そのうち大抵の事では驚かなくなったと。
何の因果なんだろうね。因果と言うより、因縁というのかも。
社長の叔父さんは、北九州では知る人ぞ知る、侠客だったとか。置屋をしていたらしい。戦前戦後のまだ日本が貧しい時代。「置屋」というと聞こえが悪いかもだけど、いろんな事情がある人たちを世話してきたのだと思う。売春法とかも今とは違ったんだと思う。
不思議なもので、社長とママはまさにいろんな事情がある人たち、女性たちを世話してきた。
逃げてきた親娘の住居と仕事を世話したり。いろんな事情のある人たちを受け入れる。世話してきた。でもね、本当に驚くような事とかだらけだったと。それでも、たくさんの人たちを世話した。
店に火をつけられたり。
騙されたり。
お金持って逃げられたり。
何年前だったけか、小倉では暴力団関係の問題が夜の街ですごくあって、手りゅう弾投げられたクラブとか、お店のママとかが切りつけられたりとかあったらしいの。そんな頃に危険を感じて沢山あった店を閉めたんだとか。
今日、ママと話してて、ふと。
それでも、ママたちは家も失わず、暴力団問題が多かった小倉で従業員や家族を守り、今穏やかに暮らせてるのは、ある意味不思議というか。きっと叔父さんの想いとか何かを受け継いでいたから、守られてたんじゃないかという気がしたの。
そういう道に進みたかったわけじゃなくても、そういう道に導かれていく人生もあるんだろうと。いいとか悪いとかじゃなく。そうその人の人生の川が流れてるというか。それぞれの魂が持っている、役目とか、目的とか。つながりとか。見えない何かがあるのかもしれない。
きれいごとでは片付かない小倉の夜の街。
やくざもクスリもすぐ近くにある。
私はまぁまぁ無邪気に。ママたちに護られながら、友達たちに護られながら、危険な目に遭う事もなく。
嘘が下手な私。水商売が合わなくて、辛くて、よく泣いてた。
それでも社長が「ショウコにはショウコの役割がある。だから来い」と言って、解雇することもなかった。
ママたちの所で働いて、もらったお金で、私は夢をかなえた。
ママと社長は、いつも、誰よりも、私の夢を応援してくれた。
私には私の事情や都合があって、夜働かざるを得なかった。
何十年もたって、今もママたちがそばに居て、今も世話してもらってて。水商売の水に染まれなかったから、ほんと、いっつも泣いてたけど、夜の世界で働いていたことは、よかったことだったと思う。し、私にも夜の世界で働くという事にも何かの因縁があったんだと思う。
きっと、見えない何かで、自分の意志では逆らいきれない、そんな川の流れとかがそれぞれの人生にもあるのかもしれない。その流れに、無理に逆らわず、逆らえず生きていれば、悪い方向にはいかないのかもしれない。
おうち、ちゃんとキレイにしてるって。ママから合格もらった(∩´∀`)∩
ママ、また遊びに来てね!