12月は忙しかった。
ある事をきっかけにふと気になった画像を検索した。
その画像は、2010年5月に私が作った画像。
(その画像は、写真の部分と文章の部分が他者の著作物になるのでここでは載せる事はしません)
ある人の依頼で作ったデザイン。
送られてきた、手の写真の背景を抜き取り、しわやくすみを修正し、フォントを選び、配色を選び、配置を選び、バランスを考える。
彼女の始めたそのビジネスが上手く行く様に、良いイメージを作り出せるように。
「こんな感じでどう?裏どうしようか?」
Emailに画像を添付して送った。
その後、彼女とは色々あり、このチラシはそのまま終わった。はずだった。
9月28日。
共通のマイミクさんの投稿で、その画像がハガキになっているのを知った
慌てた。
「デザインや作業の料金は一切頂いていません。突然ハガキになっているのを見て驚きました。使用を中止して頂ければと思います」
怒りを抑えて、私はメッセージを打った。
彼女は、自分の手の写真で、自分が作った文章だから、何か問題でも?
反対に私を責める様な内容の返信が来た。
デザインは使わないと。
気分の悪いメッセージだった。
数週間後、彼女がまだそのデザインを使っているのを見た。
ミクシィのコミュに
使わないでくれと、書き込んだ。
書き込みは消され、チラシも名刺も「良い波動のもので作りたいと思っていますので」・・・
バカにするのもいい加減にして欲しい。はらわたが煮えくりかえった。
とにかく、使わないという事は理解したようだったので、放っておく事にした。
あれから、5年半。
ふと、あの画像を検索したら。
たくさんの場所でその画像が使われていた。
フェイスブックページ
ミクシィコミュニティ、
ミクシィページ
私がデザインした画像がプロフィールとして使われていた。
彼女のフェイスブックのカバー写真はそのデザインを切り抜き加工したものだった。
私が見つけただけでも100か所以上。
講師・セラピストと言う彼女の教え子達も自分たちの仕事の宣伝にその画像を使っていた。
12月。
私は見つけられる限りの画像を探し、スクリーンショットに証拠を残し、全てのサロンや使用者の名前をリストにしました。
証明できる根拠が無ければ、何も証明が出来ない。
悔しかった。
5年前の、悔しさや、屈辱がよみがえった。
そして、何よりも、これは「止めさせなくては」と思った。
じゃぁ、どうしたらいいの?
法律を調べまくった。
彼女は、著作権と所作者人格を侵害していた。
先日、「別の事を考えた方がいいよ」、と、怒っている私に、ある人が言った。
「愛」や「光」という言葉を使うスピリチュアル系の人達によくあるようにも思う。そして「怒り」は破壊的で波動が低く良くない。そんな風に言う人や思う人も多い。
侵害されても、馬鹿にされても、怒らないのですか?
倫理的におかしい、道徳的におかしい、法律的に(今回は民法と刑法)的におかしい。私の「権利」を侵害されても、怒ってはいけないのですか?
私は、自分を理不尽に馬鹿にされたり、私の権利や人権を侵害する人に対して怒りますし、「許さない」という選択をします。
そして、そのデザインを別の人に使わせて、彼女たちに知らぬ間に著作権侵害をさせてしまっている彼女を許しません。
以前、書いた様に、「サイト内の著作権等に関して考えていました」に書いた様に、
クリスタライズのお客様の多くが「お母さん」です。私はクリスタライズにご縁ある「お母さん」達が子供たちにとって安心して信頼できる存在であって欲しいと思っております。
私に関わる物事で小さな罪を犯さないでください。
怒りたくて、怒る訳じゃない。怒る事は私の健康にリスクがあります。
怒る事が良くないという人もよく居ます。怒る事で、私が損をするという人も居ます。
正直に生きようとすると、損は多いです。
私はみんなに好かれる必要はありません。それでも、損をしても、要領悪くても、自分らしく生きようとしている私をとても好いていてくれる人達も居ます。
私は、嬉しい時に笑い、辛い時には悩み、塞ぎ、納得行かない時に悩み考え、理不尽なことだと感じる時に怒りたい。そして馬鹿らしい時は、腹を抱えて大声で笑う。
彼女たちは、そんな私が好きなのだと思います。
彼女たちはみな、今回の件に関して「許してはいけない」と言いました。
もし自分の子供が、不当に扱われ、馬鹿にされて屈辱を受けたとしたら・・・。
私の母は、私が学校でどんな目にあっても、時々不思議に思いながらも、その意味を理解せず笑っていました。姉は虐められる私を恥ずかしがっていました。誰も私の為に怒る人は居ませんでした。私は、自分が馬鹿にされるに値する人だと受け入れていました。
大切な友達が、馬鹿にされて、不当に屈辱を受けている事に怒りを持ち、「許してはいけない」とってくれた彼女たちは私にとって本当の友達なんだと思います。
おかしな事や理不尽な事に出会い、自分の権利が侵害されたり、馬鹿にされた時には、怒る事や、その事を「許さない」という選択は大切な事なのではないか。私はそう思います。
私のデザインを使わないでっ【著作権のお勉強☆】
私の権利部分で編集した画像