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世界はあなたをどう扱ってる?

私には、日本が大切なんだと思う。

Captain Seina

最近は、日本のこととか、今とか、ちょっと前とか、日本は、日本の人たちは、日本の政界はどういう動きをしてるんだろうって、情報収集しているんです。
DSが解体されるということは、戦後の日本に作られた軸が壊れるってことだと思うんだ。
だから、これからどうなるんだろうと。
今までは、どうせ、何かに仕組まれて、誰がどうしようと、変われず、どうかしようとしたら、殺される、みたいな。だけど、その仕組みが変わるかもしれないんだよな・・・と考えると、今までの認識とかでは理解ができないんだろうなとか。
でも、アメリカが変わるということは、日本も変わらざるを得ないのかもとなると、どの政治家を信じたらいいんだろうか。とか。
そういえば、イタリアのG7で酩酊会見して、その後亡くなった中川昭一さん。あの会見の動画を見ると、会見のマイクの両横にお酒が置かれてるの。で、彼と親しかった人たちは、彼のまっすぐさ、人柄をとても良く言う。
安倍晋三さんが殺されたのも。
猪口さんの家が焼けたのも。
田中真紀子さんの家が焼けたのも。
小泉さんを応援してた田中真紀子さんは、小泉さんが総理になったらスパッと切られた。あれを見て、この世界や人たちは何かがおかしいって思ってたの。だから、政治や政治家とは関わらない。だって、わからない事だらけで、気持ち悪いでしょ。精神衛生に良くないでしょ。
だけど、戦争のこととかで色々歴史を知っていくというか、歴史に関わった人たちのことを知っていくうちに、ちょっとずつ、色々知っていくの。
この数日間。私は、私たちは、これからどういう認識を持って、どう生きたらいんだろうっていろんな動画を見ていました。

日本の国がどうなろうが。別にどうでもいい。訳じゃない、自分がいる。
それは、経済とか、生活の安心、安全とか、そう言うことじゃなく、自分が日本に生まれて、日本が大嫌いだったのに、だから外国に行ったのに、日本から離れれば離れるほど、価値観や常識がかけ離れたところに行くと、自分が日本人だと思い知らされるの。
ある意味、日本って特異な国だなぁと。
それは、だいたい、歴史や、宗教観とか、信仰とかからきてるんだと思う。風土もあるのかも。

それと、私の場合は、家族と色々あって、家族と絶縁状態になり、孤立した時、とても不安だった。今まであった、軸とか、基盤とか、そう言う骨組みみたいなものが、抜けたの。ガクガクってなってたの。どうやって立っていたらいいのか。だって、今までは色々あるにせよ、家族がいて、私に何かあったら、そこに連絡が行って、何らかの対応をしてくれるであろうと思っていたし、何よりも、私の心の支えになっていたのだと、気づいたんだ。それは、あったらわからなかったけど、無くなったら、自分がガクガクになって、気づいた。
その数年後キューバに行くんだけど、学生ビザを取りキューバにしばらく住むことになったので、日本大使館に行き、在留届を出した。その時に、ハッとしたの。私に何かがあったら、少なくとも、日本国、日本の政府が、私の身柄を引き取ったりするんだと。外国にいると、まずは、家族がいようがいまいが、日本大使館、外務省といったところが、私の身元や身柄を保証するというか。
「国家」
あ、家族いなくなって、帰る家(族)も無くなったけど、「国」という「家」があって、この国の政府は、外国にいる根無しの私の親というか。保護者。
日本とは法律も、常識も全く違うキューバという「国」で、私に何かがあったら、キューバで非常事態が発生したら、日本大使館は私たちの安否を確認して、必要があれば保護をする。情報が届きにくい国だから、何かあれば、連絡をする、必要がある。
だから、キューバのような国に滞在する、住むということは、日本政府、大使館に私がどこにいるかをきちんと知らせておく、登録しておくことが大事だと、思った。在留届。
いくつかの国に住み、いくつか(も)の国を旅していると、私が持っていパスポートは特別なものだと知る。私は「ゴールドパスポート」と言っていた。たくさんの。たくさんの国に入ることができ、その多くでは「日本人か、いけ」と、すっと通してくれる。
ラテンアメリカから他の国に入ろうとすると、結構いろんな人たちが、止められていろんな質問をされていたり、どこかに連れて行かれたり。私たちは「別室」と言っていた。日本人は、ラテンアメリカの人たちに比べると、かなり、かなり、信頼されてるというか、「日本人か、いけ」と。
キューバからメキシコに入る時は、多くのキューバ人がイミグレーションの窓口でいろんなことを聞かれたり、別室に連れて行かれてた。
私は、日本の国民。日本という国で生まれ育った。それは、他の国の人とは違った。私が生まれた国(家)は、私が生まれて大人になる頃には、世界屈指の経済大国となっていた。お金持ちの家に生まれ育ったという事だと思った。
いくつかの国で暮らしたり、旅をしてみると、日本がどれほど安全なのかと知る。お釣りを誤魔化されることもなく、カフェで鞄を置いたままトイレに行く人も少なくない。夜、女の人が一人で歩くことができる。
医療があり、皆保険がある。衛生的で、教育もある程度与えられる。
その教育の質や方針がどうとか、大学の学費がどうとかは、私にはあまりどうでもよくて、読み書き算数がある程度できれば、それを仕込まれていれば、その先は、自分でいろんなことを知ることができる。そんなふうに思うようになったのは、教育が与えられない国、読み書きができない人たちがいる国があることも当たり前だと知ったから。
日本という国の教育方針や、国民から搾取とか、国が、政治が、と言っても、私たちの国、日本は戦争で負けて、本当の意味では独立してない。結局、戦争で負けるっていることはこういうことなんだってわかってないと、理解できない理不尽なことがいっぱいあった。
理不尽で、腹立たしいこと、納得のいかないことが色々あったとしても、私は、食べるものには困らず、読み書き算数ができて、日本国のパスポートと経済的有利さでいろんなところに行き、いろんな経験ができた。

離れれば離れるほど、日本という国は、特異な国だと、深く気づく。
自分が、どうしようもなく、「日本人」だと気づく。
この日本人という特権のようなものは、日本という国家があって、その「家」があって、ある程度生きることや衛生が保証され、その枠の中で、私は走り回り、飛び回り、笑ったり、踊ったり、出会ったり。
今までの時代が「よかった」と言ってるのではない。今までは、結構理不尽な、広い監獄のような。でも、その監獄も、暮らし方によっては、結構楽しかったと思う。でも、それが変わる。
人は、「自由が欲しい」という。でも、自由がなかった人が、突然「自由」のなかに、放り投げられると、多分きっと、どうしていいか、わからなくなると思う。

結構自由に暮らしてきた私は、自由という面倒臭さや不便さも知り、キューバから戻ってきてからはこの広い監獄の中の暮らしも結構いいなと思いながら暮らすようになっていた。塀の中のシステムや常識が、私の当たり前な環境でもあった。
この広い監獄の管理体制が変わるのか、それとも、自由になるのか。
自由というのは、自分の中に「由」」があり、自分で考え、自分で決めて、自分で選択していく。ということだと思う。
今までの当たり前が変わるんだとは思う。崩れていくのだとは思う。
少しでも、仕組みが理解できるように、どうして壊れるのかがわかるように、毎日色々情報を探している。
自分が壊れないように。それと、わたしの「家」、「日本」が、私の家族「日本人」が、見失わないように。そのために、私に何ができるのだろうって。
私には、日本が大切なんだと思う。