マウンティング|いい部分もあるんじゃないかと。

Captain Seina

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マウンティング、という言葉をよく耳にする。
私は人付き合いを殆どしなくなったので、マウンティングの被害に遭う事は少なくなった。いや、私もうっかりマウンティングをしてしまっているのかもしれない。
とにかく、余計な人づきあいをしなければ、被害に遭う事も、被害に遭わすことも少なく済む。結果、穏やかに暮らせる。
スピリチュアルに惹かれる人、ハマる人、特に「ハマる人」は問題がある人が多い。生きていると誰しも問題を抱えているのだけど、自分の問題に目を向けず、誰かの問題を解決してあげようとする人や、別の世界を持っていてその中で生きている人とかね。そういう現実を受け止めたくない人たちが結構いるのが、スピ業界な気がします。
現実を受け止めたくない人たち。というのは、コンプレックスも強いのだと思います。
ふた昔前位だと、ブランド物で身を固めるとかあったけど、そういうのをスピリチュアルな事でやってしまうと言う感じかな。

  • 前世で○○だった(今の現実より良い立場や暮らし)という人。
  • 自分の魂は○○だから(古くて多くの経験をした魂とか)とか。
  • 自分の魂は高次だとか。
  • 自分は、波動が高いとか。
  • 前世が見えるとか。
  • なんか、色々見えるとか。

馬鹿げていると言えば、そうなんだけど、スピの事は目に見えないから、わからないから、な~んだか、そんな気にさせられてします。

マウンティングを取りたがる人たちにも、利用価値というか、便利な部分もある。
そういう人たちは、すごい、とか、なんとか言って、おだてたり、山に登らせておけば、面倒見がいい人もいるとも思う。
嫌だと思いながらも、そういうマウンティング系の人から離れない人たちの中には、何らかの利点があるから離れないのだとも思う。
昔、よく、私は、「サル山システム」と言っていた。
サルが、サル山を作るというのは、多分、動物学とか、心理学とかで理由があるのだと思う。人間も、理由があってサル山を作り、長い歴史の中でそれが機能していたという事は、サル山はサル山でいいのだと思う。
私はサル山システムではやっていけないノブタなのです。でも、ノブタになれない、なりたくない人もいる。ノブタ的に生きるのは人によっては難しいと思います。人間社会では、サル山に属する人の方が断然多いと思う。
マウンティングを取りたい人には取らせておくか、そこを離れればいいだけだとおもう。
嫌なのに離れられないのであれば、サル山に居る利点を改めて考えてみるといいと思う。「冷静に」。感情的になると、自分が見えないので、自分が得ているであろう利点も見えなくなる。この作業をしなければ、ただ、また、別のサル山やサルボスをさがすのかもしれない。
マウンティングをされるのが嫌なら、離れればいい。それだけなんだと思います。
嫌だと思いながらも離れない人たちが、マウンティングを助長させてしまうのかもしれません。
でも、サルに近い「人間」は、サル山に属したいのかもしれません。豚って、野生になるか、家畜になるかって感じがしない?
とにかく、誰も相手にしなくなったら、マウントする側も孤立して、一人になり、自分(現実)と向き合うかもしれません。

  • 野生
  • 家畜
  • ペット
  • サル山の猿

だいたい、このなかのどっかに当てはまると思うんだけど、そう考えると、サル山も悪くないよね。安心感とか安全感とかあるね。
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