今朝、珈琲を焙煎しながら。。。
私は、なぜ、あんなに、この街(故郷)から遠い所に何度も何度も行っていたのだろうかと。
両親に、家族に、学校に、社会に、受け入れられなかったから、受け入れてもらえる、生きる事が出来るところを探していたかもと。
否定的に「受け入れられなかった」のではなく、みんなと同じように受け入れようとしてみたけど、私がちょっと変わっていて、彼らもうまく私を受け入れられなかったのだと思う。
前に、50歳になって、もう一段深く自分を受け入れるという事を書きました。
この歳になってようやく理解できるようになった事が色々とあるのですが、その中でも、「わたしは、両親に受け入れられなかった」という現実を、しっかり受け入れる。
こういう現実は、出来れば目を背けていたい。そうしたかったのだと思います。
友達も、周りも、「そんなことはないよ」といいます。
でも、「親」だからといって完ぺきではなく、親になった年齢で、何が解っていたのでしょう。
受け入れたくなかったのではなく、受け入れたかったけど、私の扱い、受け入れ方が解らなかっただと思います。
40歳になっても、50歳になっても、いろんな事を心に抱え、解決できないままに生きている人は多いと思います。殆どの人はそうなのかもしれません。
「自分は解っている」と思っている人こそ、何もわかってなくて傲慢なのかもしれません。
親だけではなく、少し変わっていた感性を持っていた私は、家族、学校、社会で受け入れられなかった、もしくは、彼らには理解の難しい私がいて、彼らも困っていたのかもしれません。
好きな事を追っかけて日本を出て行った。
日本が苦しくて、逃げるように出て行った。
どちらも、当てはまっていると思います。
ちょっと変わっていた私。を、受け入れてくれたのは、ニューヨークで出会った、高齢のミュージシャンでした。
その後、キューバでも、私は受け入れてもらえました。
今ここに居る理由のひとつのママも、私の事が大好きです。
キューバでは、親しい友人には前もって、私が一人になりがちで、それが心地がいいんだけど、
あなた達の事は好きだし、あなた達が居るから安心して一人で居られる。なるべく顔を出すようにするけど、うっかり1人になって引きこもってしまうから、3日位私を見なかったら連絡してね。
ママと会うのは1~2か月に1度です。
受け入れられても、私は、1人でいる事が好きなのだとやっと近年気づきました。それに気づけたのは、「受け入れられる」という「経験」をすることが出来たからだと思います。
私は、自分が俗にいうHSPで(HSS型)、かなり敏感な方だと思います。それは他の人たちにとって当たり前ではないようです。この性質があったから、言葉があまりできなくても、音楽を通じて受け入れてもらえたのかもしれません。だから私にとってはギフトです。だけど、社会で上手く生きていく事はかなり苦手です。だからといって個性や性質であって、障害でもないと思います。
今の仕事(クリスタライズ)は、こんな私(思考や感情を感じ取れる)だから出来る仕事だと思います。
物事や人間関係はシンプルにしておかないと、私は混乱します。ぐちゃぐちゃになります(笑)。
社交的じゃない事は良くないようなイメージが刷り込まれていますが、そういう自分を受け入れようと、最近、やっと、思いました。
一見、社交的に見えていたかもしれませんが、HSS型特有の、刺激や興味を追求してしまうというのが、私を人やいろんな場所に駆り立てちゃうんです。
無理に社交をすることはせず、マイペースに、自分との歩調を合わせながら暮らす事にしました。
自分の家で、静かに暮らしていると、自分が自分で居る事がとても心地よく、幸せに感じます。
故郷で、やっと、安心して暮らせる自分になれたのかもしれません。