もっと、お金がある家に生まれていれば。
もっと、愛情のある家に生まれていれば。
もっと、可愛く生まれていれば。
子供の頃は、そんな事を思ったりする。
大人になってからも、
仕送りをしてくれる親だったら。
もっと背が高かったら。
もっと頭がよかったら。
もっと英語が上手だったら。もっと早くアメリカに行けていたら、もっと英語が上手く成れたかも、とか。
私は、誰かと自分をあまり比べないように思う人もいるかもしれないけど、いろんな事を人と比べて、安心したり、劣等感を持ったり。
私がすごく変われたのは、キューバで暮らしてからだと思う。
多くの日本人の「私たち」が「当たり前」だと思っている事の多くが当たり前じゃなかったという事に気づくことが出来た。
彼らが持っていて、私(たち)が持っていないものもある。
でも、私(たち)が当たり前に特権のように持てていて、彼らが持てないものは多い気がする。
気の毒とか、可哀そうとか。
もしそう思ってしまうなら、優劣を感じていたり、奢っているのかもしれない。
それよりも、自分にあるものをひとつずつ見つめ直して、感謝して生きていこうと思えるようになった。
何とかできないのかと、思ったし、私なりにサポートをしてみたりもしたけど、お金で助けたつもりになっても、本当の意味でその人たちを助けられたわけでもなく、一時をしのげるだけでしかなかった。それを続けるだけの、経済力も精神力も私にはない。自分が未熟で無知だったと思い知った。傲慢でのんきでもあったと思う。
学ばせて「もらった」のは、私の方だ。
彼らが私を大切にしてくれたこと、感謝してくれたこと、少ない食べ物を分け与えてくれたこと。
気の毒で可哀そうだったのは、居場所が無くて、さ迷っていた、私の方だったのかもと。
魂の輪廻を信じている人は、きっと過去にいろんな人生を経験してると信じているだろうし、またどこかに生まれてくるのだと信じてると思う。
輪廻転生があるとして、地球にまた生まれて来るとして。出生率がひくい日本に生まれる事は極めて難しいと思う。何十年後、何百年後に、日本に生まれたとしても、全く違うし、50年早く生まれていても、全く違った。
この時代の日本に生まれ育ったことは、とてもラッキーな事だったと思う反面、私の魂が何らかの理由でこの国、この時代、この家族を選んだ、のだろう。
世界中のどこの国も、貧しいとか、危険とか、裕福とか、贅沢とか。
きっと、どの魂も、それぞれが何らかの理由で、その場所を選んだんじゃないかと。
他人の事を、可哀そうとか、気の毒とか、思う事より、その場所で、大事な経験して何かを得る強さをその魂は持っているのかもしれない。