今年に入って、ほぼ毎日ピアノの練習をしています。(いつまでつづくのやら・・・)
私の手は、小さくて、ほぼ180度に広げても、1オクターブ+1音しか届きません。アメリカ人のオンラインレッスンを取っていると、手が大きい人が多いので、レッスンで出来ない事がよく出てきます。すごいハンディじゃん。と、今更そんな事に気づいてしまいました。
セラピストでピアノをやっているYさんの手は大きくて、力強い。時々彼女の手を思い出して、うらやましく思います。
先日彼女と話す機会があり、そのことを伝えると。
「宝の持ち腐れよ」と。
近年は子育てとセラピー関係の勉強で超忙しいのでピアノどころじゃないのだと思います。
「音楽って、誰かを喜ばせたり、幸せにしたり、認められたり、って若い頃は思うでしょ。でもね、音楽って、結局、自分自身を一番喜ばせるものだと思うの。それは、若い頃には解らなかった。でもね、今はいろんな音とか、リズムとかがすごく楽しいの。歌も、誰かを喜ばしたりとかじゃなくて、歌を語る(歌う)と私が嬉しいし、幸せなの。結局音楽ってそういうものなんじゃないかと、思うんだ。多分、60歳とか過ぎて、そういう気持ちになったり、気づいたりするんだと思う。だから焦る必要もないし、音楽、ピアノが弾けることが、すでにあなたは恵まれてるんだと思うよ。ただ、ピアノ弾くもの体力や、筋力、柔軟性が要るから、体だけは大切にしておくんだよ」とか、わたし、言った。
みなさんご存じの通り、私はピアノ無茶苦茶下手です。子供の頃からコンプレックスもすごくあり、ピアノはやらなかったの。20歳過ぎて、ほんの少し、ニューヨークでジャズ系の先生に習ったくらい。そんな私が、50歳を過ぎて、人生の峠を完全にこし、人生に後悔したくないと、何に血迷ったのか、去年の夏からピアノを勉強しています。
習ったテクニックを、自分で音を出してみると、すごく楽しいし、音が気持ちいい。
仕事にしたいとかは思わないし、認められたいとかも思ってないと思う。若い頃は、それが音楽をする先にあるものだと、どこかで思い込んでた。でも、結局は、自分自身を一番喜ばせて、幸せにしてくれる、だけというか。
人の為とかでやらないととか、認められないととか、そういう人の音は、聞いていてきつい。
仕事に(プロ)にならないと。というのはそれ以外に食べていくすべがないのなら、あってもいいと思う。実際、私が出会ってきた超一流のミュージシャンたちは、食べるための仕事として腕を磨いてきた人も少なくないと思う。特に黒人のミュージシャンとかは。キューバでもそれを感じた。
私の父は、仕事を引退してからは毎日、毎日、ピアノを弾いていた。いくつぐらいだろう。65歳過ぎてとかかなぁ。多分、誰に聞かせるとか、コンサートするとかじゃないと思う。昔は弾いてなかったドビュッシーを好んで弾いてた。事故に遭うまでは。
事故で弾けなくなったんだ。だから、体だけは大切にしないと、音楽を奏でる喜びもなくなる。
そうだね。私が、父の人生で起きた事で一番許せない事はあの事故でピアノが弾けなくなったこと。