昔は、よく怒ってた。
いつの間にかあまり怒らなくなった。腹が立たなくなった。
ある頃に気付いたの。
人間はそんなに強くないし、賢くない、と。
怒ったり、腹が立つのは、相手に自分の計りでの理解や行動を期待したり、そうすることが当たり前だとか、常識だとか思っていたからだと。
みんな違う。
育った環境も、教育も、性格も。
IQも、EQも。知識、興味のある事柄、経験、心の中の傷・・・。
日本人でもみんなちがう。
人種が違うとなおさら違う。
常識、モラル、宗教、習慣、家族システム・・・。
なおさら違う、人たちの中で暮らしたことで、やっと色んな事に気づけた。
そう。
日本人でもみんな違うの。
だから、私が言ってる事も、「私」という一人の人間の51年の歴史からなる「観点」や「考え」であって、同じような観点や考え、行動を他の人に求めても仕方がない。
今回の新型コロナウイルスは、2月ごろからかなり気になって警戒していた。
周りは、あまり気にしてなかった。のん気だった。
そういう人を見ないようにしたいから、徐々にFacebookのフィードを非表示にしていった。
3月になっても、あまり気にしてなくて、イベントをやったり、食事会をしたり。そういう人たちを非表示にしていった。
見なければ腹が立たない。見るから気分が悪くなる。それは、私の勝手な観点でしかないし、私側の都合。
それぞれみんな違うから、こちらの思いや都合を押し付けてもうざいだけだし、気分が悪くなるなら見なければいい。
世界はなんだかヤバい事になっていると感じて、焦った。私は色んな準備で結構忙しかった。
何度もメルマガやブログ記事を書いたけど、いくつも消した。
感情的になっても何も伝わらない。相手に準備が出来ていないと、タイミングが合わないと伝わらない。
私の中でも、私が気づいている事、感じている事がその時の状況とほんの少し先の状況とが現実的な観点や考察であるかのある程度の確信が無いと、不安を煽るだけ。違った時に、責任も取れない。責任を取る必要はないけど、信用を無くすかもしれない。
それまでには、ゆるめに、小出しにしていたんだけど、3月25日に出したメルマガでその時の人々の動きや、気持ち、見ている事。ニュースや情報があふれる中で、何をどう伝えれば今何が世界で起こっているのか、これから日本で何が起こる可能性があるのか、を考えてもらえるかを考えました。
メルマガを出した後、オイルのオーダーが入り、いろいろなお客さまからメッセージを頂きました。
「伝わったんだ」と感じました。
「表を見て、考え始めたんだ」と感じました。考える為の整理ができたのかもと。
あの時点では、物事はまだシンプルで、「出来るだけ緩やかに感染者を増やす」という事だった。時間を稼ぐ事で医療の崩壊を出来るだけ起こさないように。
あのメルマガから数日後、徐々に世の中のあちらこちらでそういうメッセージが発されるようになった。その後、非常事態宣言もあり、多くの人が医療崩壊の意味を理解してきた。そして多くの人が医療現場の事を考え自粛をするようになったと思う。
「多くの人」が気付いた時、「多くの人」が行動を控え自粛をするようになった時はもう遅いのだと思う。
人は、誰かに言われても、示唆されても、リアリティや経験が無いとなかなか行動を変える事が出来ないのかもしれない。「多くの人」は「周り」が動き出した時にやっと動けるのかもしれない。もちろん、周りが動き出してもやらない人もいる。それは「馬鹿枠」として、たいがい必ずある「枠」なのだと思う。
この「馬鹿枠」に関しては、想定内で、必ずある枠だとして、この人たちに怒っても無駄で、怒ったり、批判をするのは「否定」する事になるので、そうすると人は反発をする。そうなるとかなり厄介だ。この人たちをどうしても動かしたいのであれば、怒ったり批判するのではなく、「理解させる」しかない。それはとてもエネルギーを使う事なので、やはり厄介なのである。余程の「あふれる程の愛」が無いのであれば、関わらずに、自分の問題に取り組んでいく方が賢明だと思う。
とはいえ、人間はそんなに賢くないんだと思うの。
私もだし、多くの人たちも。
頭がいいような人も、そんなに賢いわけじゃなく、神じゃないんだから未来がどうなるのか解っている訳じゃない。
本当に、人類が「賢い」のであれば、多くの先進国がこんな事にはならなかった。
日本は比較的に感染を抑えながら、来れた。
その間に、他の国でどういう風になって行ったか見れた。
だけど、リアリティが無かった。
行動を変える時間もあった。だけど、人々の行動はあまり変わらなかった。
経験というのは、「リアルを体験した事」なんだと思うのね。
今、日本でも多くの人がリアリティを感じはじめていると思う。
解っていたはずなのに。
どうしてこうなってしまうのか。
人間は、そんなに賢いわけじゃないんだと思う。
もし、とても賢いのだったら、スピリチュアル的に言えば、転生してないでしょ。
私たちって、誰かを助けるためとかに生まれて来たわけでもなく、賢くないから、経験を積んで少しでも賢くなるために、魂を磨くために生まれているんじゃないかと。
賢くないから経験を積んで少しでも賢くなる、魂を磨くために生まれていると思っていたら、誰かを助けるために生まれた「ライトワーカーです」とか、自分の事を言わないと思う。この人たちにつける薬は無いと思う。
私は、嫌な目とか、痛い目に結構あったので、もうほんとに、マジで関わりたくない。
言い換えれば、嫌な目にとか、痛い目にあって、いい加減懲りないと、自分で気付かないと、人はなかなか行動を変える事が出来ないのだと、思う。
私はいい加減懲りた。
コロナウイルスの事はもう大変なところの入り口を開いたと思う。
もう、引き返せない。
どうしてあの時に、みんながああしなかったのだろう。自粛しなかったのだろう。
と言っても、引き返せない。
誰を責めても感染は止められない。
大変な目に遭ったり、痛い目に遭わないと、人はなかなか学べない。
そういうものなのだと思う。
そういえば、石垣島。ほんと、かわいそう。
あんなに必死に、「病床が少ないから来ないでくれ」と言っていたのに、行った人たちがいて感染が始まった。
https://ryukyushimpo.jp/news/entry-1108545.html
どれだけ「言っても」リアリティがないと、人は行動を変えられない。
感染源になった外地の人は、今の石垣島を見てどう感じるのだろうか。もしかしたら罪悪感に苛まれているかもしれない。
だったら、苛まれてくれ。苦しんでくれ。
人は、痛みを伴わないと、リアルに理解が出来ない。そして理解して欲しい。少しでも賢くなって欲しい。誰を責めてももう後には戻れない。
今、私たちは、この時代を生きている。
歴史に残る時代だと思う。
コロナウイルスは長期戦になると思う。
ラテンアメリカやアフリカの国々には、医療も、自国で感染防止に必要な物資を作れる産業もテクノロジーもない国が多い。
欧米の先進国ですらあんなに大変だったのだから、ラテンアメリカやアフリカを考えると世界での本当の惨劇はこれからなのかもしれない。
先進国の国民の私たちは、少しでも早く、新しいこの時代の暮らし方を身に付け、この時代を生きて行く術を身に付けて、ある程度乗り越えなくては、パンデミックは終わらない。
まずは、私たち日本人が、先進国の一人一人が、一日も早く、自分たちの国の危機を乗り越える力を持たないと、と、思ってる。
====
これから先は、どこでいつだれが感染するか解らないかもです。
私は、結構気を付けて、感染予防しているけど、感染するかもです。
こんだけ用心して気を付けているけど、感染した時には、それを経験する運命か宿命かなんでしょうね。
仕方ないですね。
とにかく、感染してしまったとしても、生き残って、このパンデミックが終わった後の、色んな事(価値観や暮らし方)が変ってしまったであろう時代を見て、経験したいです。