我孫子に越してきて良かったのは野菜が安くて美味しい事。
毎週農家さんが野菜を売りに来てくれる。毎週行く私は、農家さんとも親しく話すようになった。
私「もう、(コロナウィルス)大変ね~。どうなるんだろうね」
農「本当ね。今の時期、卒業旅行に行く学生さんたちお金も戻って来ないしかわいそうよね…」
すると、ある60歳位の女性が、「それは自己責任よ」と言った。
なんか、言葉の意味が違うと感じた。
「自己責任」という言葉がやたらと言われ始めたのが、2004年のイラクでの高遠菜穂子ら3人の人質事件の頃な気がする。
赤い日本のパスポートを持って、いろいろな国に行った。
特にキューバにしばらく暮らしたころ、気付いた事があった。
【私は、日本という「国家」の人で、日本が自分の「属する」国で、私に何かが起きた時は「日本」という「国家」が私の「責任」を請け負っている】
大きく言えば、日本という国家は、私の家というか。国際社会の中で何かが起きた時に、日本政府は「親」というか。保護者。
どこの国も、多くの場合、国民は馬鹿で無知だと思う。
国際社会の仕組みや裏なんて解らない。
解ったところでどうしようも出来ない事が殆どで、解ったつもりでいても、解っているのはほんの一部の、ひとつかふたつの方向からなのだと思う。
日本という国に「保護」されている。
それに気付いたのは、45歳位の頃。
未成年の時に、私が何かをやらかしたら、保護者である「親の責任」になる。
海外で私の身に何かが起こったり、殺されたり、大きな事件に巻き込まれたら、日本政府が私の為に動くのだと思う。
子供は、親の「保護責任」を理解してないように、多分多くの人は「日本」という国が私たちを「保護」している事、それが国の責任でもあるという事に気づいてないのかもしれない。
近年、日本人はとても幼稚だと、感じる。
国が、政府が、悪い。〇〇してくれない。
誰か、何かの機関、会社などを悪く言う。批判する。自分を被害者のように言う。等々、
そういう言葉を聞くたびに、この国はどうしてこんなに幼稚な人が増えたのだろうと思う。
親が、学校が、〇〇してくれなかった。
親や、学校に、〇〇された。
そう言っている人たちととても似てる。
親の「事情」が分かると、「理解」出来ると、「〇〇してくれなかった」という気持ちは解放される。
理解すること、理解できることが増える事は、大人になる階段なのかもしれない。
国や世界の事情が、なんとなくだけど、分かってきた頃、理解できた頃、私は日本という国家が私(邦人)の責任を持つことが、世界を歩いたり、国際社会や、国際関係の中でとても大事なルールでもあるのだと知った。
子供がちゃんという事を聞く?
聞かないよね。
解っていて動く?
動かないよね。
だから、あのイラクでの人質事件は「自己責任」では片づけられない「国の責任」があるのだと思う。
とてつもなく広い世界。
いろいろな価値観、習慣、宗教、観念、人種・・・・。個人では対応できるわけがない世界がある。
そして、私たちは、無知。
自分が無知だという事を知らないから、「自己責任」だとか、批判とか、冷たく言えるのかもしれない。
自分の無知に気づいてない人は傲慢な人が多い。
大学生が卒業旅行をキャンセルしなくてはいけない事は「自己責任」なのか?
違うと思う。
そういう世界や時代の流れの中で「致し方無い」選択なんだと思う。ウィルスに感染して、他の国の誰かを感染させるような事になると、国際社会の中で日本も困る。
私が春にスペインに行かないであろうことも。そこで生じる損失は、他人が「自己責任」という事ではなく、日本人として、時代の流れの中で「致し方無い」選択なんだと思う。
生きていると、自分の力ではどうもしようがない、致し方無い事があって当然だと思う。
大学生の子たちも、そういう時代にそういう事があったと記憶するんだと思う。そういう経験も人生の中にあってもいいんじゃないだろうか。時代の中で戦争の時代に青春を無くしたり、命を失った人たちも多いのだから。残念ではあるが、卒業旅行が出来なくても一生を失わない。
野菜売り場で会った60歳位の女性がスパッと言った「自己責任」という言葉、それは無知だから、その言葉の定義を自分できちんと持っていないままいっているんじゃないかという気がした。
子供は、親の責任を理解できない。
「自分に対する責任」の意味が解り始めた時に、大人の階段を上りはじめる。
恥ずかしながら、個人事業主として仕事を始めた時に、やっと雇用主の大変さや苦労が、ほんの少しわかった。解ったら、今まで雇ってくれて、お金をくれていた人たちに感謝しなかった。
日本のパスポートを持って色々な国に行って、25年目くらいで、やっと「日本」という国家が私たち邦人の保護の責任があり、私たちは「日本の国家」の一人として色々な国に入国させてもらえたりする。キューバに行くまで、キューバを知るまで、そんな事すら気づかなかった。
自分が「日本人」である。という、とても当たり前な事。当たり前すぎて深く考えない事。でも、「世界」では「当たり前」ではない。
世界には、国籍すら持ってない人もいる。
この国が嫌なら、この国の国籍を捨てて、他の国の国籍を取得することも出来る。一度旅先で会った日本の文句ばかり言う男性にそういったら、彼は黙った。
親への文句や、不満ばかりを口にしながら、親から離れない人達に似ていると思う。
「自己責任」という言葉の前に、今、多くの日本人が「自分に対しての責任」の意味も解らず、幼稚なまま大人になってしまっている気がする。
インターネットにはそういう人たちの言葉が溢れてる。
色んな国に行ってみると、この国(日本)悪くないと思うよ。
他の国を旅行するのって、ディズニーランドやユニバーサルスタジオとかみたいに、いい所を表面的に楽しめるし、レジャーやちょっとしたアドベンチャーの様なものだと思う。で、その国々に入場(入国)するには、日本政府が発行したパスポートが私の身元を保証して入場できる。