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どうして生まれて来たのか

Captain Seina

「自分がどうして生まれて来たのか」「何の為に生まれて来たのか」と悩み、スピリチュアルにハマり込んでくる人も少なくないと思う。
「どうして生まれて来たのか」
これは、物理的に、3次元的に言えば「両親がセックスをしたから」
これに尽きると思う。
「自分がどうして生まれて来たのか」「何の為に生まれて来たのか」とスピリチュアルにハマる程に悩む人は、どうして悩むのか。
自分が生まれて来たことが「良くなかった事」と感じているのかもしれない。
私はそうだった。「自己否定感」が強くあった。
どうして、自己否定感が強くあったのかと言うと、親から否定的な扱いを受けて来たというのは大きな要因だったと思う。
「自分たちが勝手にセックスして産んでおいて・・・」
心の中でそう思っていた。恨んでいた。
↑この部分を①としよう。

②←目印
でも、スピリチュアルでは「子供の魂が親を選ぶ」という。
そう言われても、そう頭で解っていても、それをしっかり自分の中に落とし込み、受け入れられて、自分の生を生きると思えるまでに何年もかかった。多分、15年位。
「自分の生を受け入れて、生きる」
そう本当に思い、出来る様になってからは親には感謝が尽きない。

私の魂が、この生で学びたい、経験したいと「思ったであろう」事の多くが経験できる、場所、国、家族、環境を見事に選んできたとも、今は思う。

「何の為に生まれて来たのか」
自分の魂が、何かを学んだり、経験したりしたいと思った事があったからなんだと、思う。

感情解放のコースをしていて時々自分で思うのが、このコースで何をしているのだろうかと。
①の部分に残る、思いや、感情を整理して、自分の人生を受け入れて自分の足で立ち、前を向き②の生き方のスタートをする為の調整の様なものだったりする。

はじめに戻るが、
私たちが生まれて来たのは、それぞれの「両親」がセックスしたからである。これが無いと、イエスキリストじゃあるまいし、生まれて来れない。

「どうしてセックスをするのか」
それぞれだと思う。
「子供が欲しい」と思ってかもしれないし、相手と一体になりたいとかかもしれないし、興味本位であったかもしれないし、周りの友達から遅れを感じてやっていたのかもしれないし、寂しかったからかもしれないし、セックスが好きなのかもしれないし、レイプされたのかもしれないし、NOが言えない性格だったかもしれないし、本当に互いに愛し合っていたのかもしれない。
いろいろな事情があるにせよ、しっかりとした避妊をせずにセックスをしたら妊娠する可能性がある。

私は30代の頃、私の気持ちを全く理解できず、尊重せず傷つけてばかりいる親を恨んで生きていた。
「あんたたちがしたくてやったセックスの責任を取れよ!」と、心の中で思っていた。
その頃、スピリチュアルでは子供の魂が親を選ぶという事を何かの本で読んだの。
「私が、この親を選んだんだ・・・」
最初の5年位はその事を受け入れようとしても、嫌で嫌で、納得したくもなく、苦しかった。
それからの5年位は、頭で「確かにこの親を選んだんだな」思っても、心ががっつりついていかなかった。
それからの5年位は、頭で理解し、心でもやっと理解してきた、その事を受け入れられたと思う。
それからの5年位、今現在になるんだけど、生きている事に感謝が持てるようになった。湧いてくるようになった。
「私が色々な経験や感動を体験することが出来るのは、両親がセックスをして、産んでくれたから」と。

家族がいない様な私を気の毒に思う人もいるかもしれないけれど、その分私には自由がある。
きょうだいの問題で悩み苦しんできた私だけど、両親が4人も子供を産んだので、私一人に執着することも無いので、自由も得やすかったのかもしれない。
私の人生は、これでいいなぁ、と、思う。

先日、ある同世代の女性と話をしていて、
「ねぇ、ポップティーンとかギャルズライフって雑誌あったよね。読んでた?」と訊くと、読んでいたと。
「ねぇ、セックスの事とか書いてたじゃん、どう思ってた?」と訊くと、すごく興味を持ったと。
中学生くらいだった私は、「セックスというものは子供が出来る行為なんだ」と、知った。
「子供が出来る」という事は、ひとつの命が出来る事で、安易にやってはいけない事なんだ。と思った。

自由奔放に生きているように見える私、なんだけど、「セックス→子供が出来る行為=命が生まれる」というのが根底にあって、「命」に対する「責任」を自分は持てるのかという事があってセックスを安易にしていい事なのか、という疑問や葛藤をもっていたと思う。

私は「子供が出来なかった」と人前では言うけど、「出来なかった」じゃなくて、人の命の責任よりも、自分の「自由」を選んだのだと思う。

それが良いとか悪いじゃなく、「私」はそういう人生を選んで生きているのだと思う。

若い頃、19歳位だったと思う。
次から次に男がいる姉に何か言った時に、「私はあんたみたいに強くないから」と言われた。
私は自分の「弱さ」にいつも気が狂いそうだったし、自分の事を強いと思った事もなく、姉の言葉の意味が全く解らなかった。
今思えば、姉は、淋しさや不安を抱えていたのかもしれない。そうなんだと思う。だけど、そのさみしさや不安は、後に私を激しく傷つけたし、最初の娘を深く深く傷つけた。女友達の事も深く傷つけた。

私は、親しくしていた友人でも、母親でありながら、旦那が居ながら、不倫や浮気をしている事を知ると付き合いを止める。私は自由奔放に見えるから、そういう事を理解してくれると思うみたいで、打ち明けられることもある。
彼女たちの子供に嘘をつくアリバイにはなりたくないし、見て見ぬふりは出来ない。子供の事を思うとどうしていいのか解らなくなる。そういう事に私は耐えられない。だから縁を切る。
淋しさや不安を感じているのなら、その悲しみや不安としっかり向き合い強くなって欲しい。
私は、姉が言ったように「強かった」のかもしれない、と近年思う。

私に、「子供を産んでないあなたには解らない」という人もいる。
私は、子供の命に責任を持てる自信が無かったから産まなかったし、妊娠もしなかった。
コンドームをつけない彼氏の腹を蹴った事もある。
相手はかなり驚いていた。結構モテていて遊んでいた人なので私の方が驚いた。

淋しさを埋める事や、快楽以上に大切なものがあると思う。
子供は産めば終わりではなく、産んでから一人の「人生」が始まる。
それは成人の年齢になったら終わりではなく、「親」という存在とのつながりはその子の心には一生続く。

シングルマザーが増えたと思う。
父親を知らない子供も多いかもしれない。
どんな酷い男だったとしても、「ママはパパを愛していたのよ」と、嘘でもいいから言って欲しい。
パパの良い部分、素敵だった部分を話してあげて欲しい。
その子と父親とセックスをしたのはその人の選択であり、責任でもあると思うから。
どんな酷い男だったとしてもその子の中には「父親」が確実にいる。
今は嫌いでも、一時的だったとしても「愛し合っていた」というのであれば、もしくは辛くて仕方なかった時にその人が「必要」だったという事を思いだして欲しい。

自分は何のために生まれて来たのか・・・。
そんな不安を抱えて生きる大人になって欲しくない。

もうすでに不安を抱えて生きている「大人」であれば、「母親」であれば、自分の中の弱さや不安としっかり向かい合って乗り越えて強くなって欲しい。
不思議なもので、母親の浮気や不倫は父親のそれに比べて許し難い様な気がする。母親の影響は父親より強いと思う。動物学的に何か理由があるのだとも思う。

弱い人は人を傷つける。
傷ついて痛みがある人は、人を傷つける。
身近で大切な人ほど深く傷つけるのだと思うから。