「Seinaさんて情熱的ですよね!」と、時々言われる。
多くの人が「情熱」という言葉にどういう定義を持っているのか。私が思っている「情熱」という言葉の意味とその人の思っている意味は違うと思うの。
goo国語辞書では「ある物事に向かって気持ちが燃え立つこと。また、その気持ち。熱情。」とある。
情熱にもいろいろな種類があって、その事や物や人が好きでかなり夢中になるのも情熱だと思う。でもPASSIONは違うと私は思っているの。
PASSIONの語源は「受難」
「ラテン語 patior(苦しむ)+-tio(こと)→peh-(傷つける)が語源。「苦痛のような強い感情」がこの単語のコアの意味。passive(受け身の)と同じ語源をもつ。」
メルギブソンの映画「パッション」が公開されたころに何かでその意味を知ったの。
ここからは私独自の定義と思って読んでね。
苦難を受ける(受け身)だから、Passionが生まれる。それは自分や自分の心が虐げられたり、殺されそうになった時に、自分の中から、生きようとする「自分」が出てくる。それがPassionなんじゃないかと。
この数年、感情解放コースをしながら気づいたのが、「~された」「~させられた」「~してもらえなかった」という言葉をよく聞くの。
私たち世代の日本人女性は「受け身」的に考える人が非常に多いという事に気づいたの。そういう文化や社会があると言えばそうなんだけど、それはちょっと前の時代の事で、今は変わっていると思うの。だけど、受け身の考え方がしみ込んでる。
この受け身の考え方の大きな問題と思う事は、被害者意識を持つ人は「受け身」なんです。
感情の問題の殆どは親子の関係性が起因しているのね。
子供は親に愛される為に一生懸命だからおかしくても受け入れてしまうの。自分を抑えて、自分を殺してでも受け入れようと努力をしてしまう。
愛されたいのか、自分を殺さず「自分」を生きたいのか。
「愛される」というのも「受け身」なの。