父は、よく神棚の前に座り、じっと考え込んでた。
時々真っ暗な中で、じっと考え込むこともあった。
私もよく考えこむ。時々真っ暗にし、考える事だけに集中する。
父は「どうして幸せになれんのかのぉ」と、時々深く、つぶやいていた。
信者さんの家庭の事や、自分の家の事。どうして幸せになれないのか。
昔は前世の因縁を解く事もよくやっていたけど、いつの頃からか先祖の供養や因縁解きの方が多くなった。
父の家系は、先生や芸術家が多く、私が調べた限りではこういう仕事をしていた人は居ないと思う。多分、父自身が生きる事が苦しかったり、悩んでいて、その意味や理由を見つけたいと思って、こういう道に入ったのだと思う。
前の記事に書いたように、「結局は先祖や親の生の続きを生きている」と私は感じている。
今、私がこういう事を生業にしているのは、父が撒いた種から育てた何かを引き継いでいるだけなのかもしれない。先祖代々、そういう血筋というわけではない。
父がやって来たことの中で納得がいく事で、私に出来る事は今の仕事でも取り入れてはいる。
父のやり方で、疑問を持ったことや納得のいかない事も色々ある。私なりの道を歩いている。
信者さんが苦しんでいると、父はどうしてそうなっているのかを先祖や前世の因縁から解こうとしていた。
先祖や前世からの因縁を解く事で幸せになれるはずだと思っていたのかもしれない。
「どうして幸せになれないのか」「何に苦しめられているのか」「何の因縁が邪魔をしているのか」
父は悩みながら歩んでた。
昨日ブログを書いて、今朝、起き抜けに、そんな事を思い出しながら・・・。
「幸せ」の定義や、「生まれて来た意味」の定義の模索の方向性が違ったのではないかと。
家族が仲良く、経済的にもある程度裕福で、社会的に成功をし、子宝に恵まれ、子孫繁栄・・・。
私には何もない。
でも、この国、この親を選んで生まれて来たと思うし、私の中で生じる疑問には私なり納得がいくまで向かい合い、生まれて来て良かったと思ってる。
家族も、私が30歳くらいまでは、人から見れば家族仲が良く、経済的にもある程度裕福そうで、きょうだいも多く、姪甥も次々に生まれた。
経済的には大変だったとは思うが、そこそこの大きさのある家を建て、車が何台もあり、そこそこ高級な外車もあり、娘はニューヨークに留学(遊学)。私は水商売をしながら必死で生活費や学費を作っていても、親の知人はそんなことは知らない。
私は中学から田舎のお嬢さん学校に行ったり、ニューヨークに留学をしていたので、友人、知人は比較的裕福な家庭の人も少なくなく、彼らと比較をするとかなり辛くも思ったが、今振り返れば、上を見ればきりがなく、経済的には、貧しすぎず、まぁ、そこそこだったのだとは思う。親の借金の為に苦しめられたことはない。日本で水商売をしていると親の借金の為に働いていた子もいた。
ある程度「幸せ」という「スタイル」を与えられた人生だったのかもしれない。
でもそれは、外見だけの事で、内側からは色々な歪を作って行った。
今は、家やマンション、自家用車を所有することもなく、今こうやって団地で一人で暮らしている事も、結構気に入ってる。
そんな暮らしの中で、家が欲しいとか、車が欲しいとか思わない。持っている事が足枷にもなるし、この世を去る時の不必要な荷物にもなる。
たった一人で暮らしている事が、寂しいのかというと、そうでもなく、人と暮らす煩わしさを考えると残りの人生、自分に無理をせず楽に生きたなぁと思う。
母がよく言っていた言葉を思い出す。
「あんたは、紙一枚あげるとひとりで遊ぶ子だったから、全然手がかからなかった」
記憶にはない位小さなころだと思う。元々の魂の性格はそんななのかもしれない。
それははたから見ると「寂しい人生」と思われるかもしれないが、静かにひとりきりで暮らすことが案外心地がいい。殆ど退屈もしない。
私は人さまが言う、求める「幸せ」の「スタイル」の枠の外にいる。
そもそも、人さまが言う「幸せ」の定義とはなんなんだろう。
何を求めて生きているのだろう。
生まれて来た意味や理由は、ひとりひとり、一つの魂、魂で違って、「幸せのスタイル」というより、生きている意味はその魂が選んだ中にある事をこの生で経験出来て、その事を自分が納得してそこから何かを学びながら、気付きながら、一歩一歩その人の選んだミッションを随行できたら、幸せというか、納得のいく「生」になるのではないか。
私には、何もない。
貯金もたいしてなければ、借金やローンも無い。
20歳でアメリカに行くとき、ローンの清算が大変だった。それ以来ローンを組んだことがない。
ローンや借金は自分の器や身の丈以上のものを欲しいと思う状況で起こる事も多く、それがあると何かをするとき、どこかに行くときに足枷になって動けなくなる。ローンを組まない人生が30年続いた。
私の場合「欲しい」という欲と「精神的な楽さ」を天秤にかけると、精神的な楽さの方が勝つからローンを組まない。
たいして稼がず、家も車も持たず。そうすると必然的に払う税金の額も少ない。消費税とたばこ税はしっかり払ってる。と言っても、そんなに消費もしないんだ。欲が強い人ほど、税金として納める額も大きくなる。それらに支えられて国の財政が賄えるので、私の様な国民はよろしくないのかもしれない。
家やマンションを欲しいとは思わない。このまま、死ぬまで団地でいい。出来れば、10年位で部屋がちょっと老朽化してきたら、団地を住み替えたい。URはある意味では社会のセーフティネットで、家族がない人でも借りる事が出来る。60歳位で住み替えられれば、死ぬ頃まで、まぁ、そこそこいいコンディションで住めるでしょ。で、出来る限り残すものを少なくして、出来るだけ人様に迷惑をかけずこの世を去りたい。とはいっても、生きている以上誰かや何かに迷惑をかけはするのだとは思う。仕方ない。
所有することが足枷になる。
父にはそういう価値観はなかったと思う。
それは時代や価値観の変化でもあるとは思う。
それでも、色々なものを所有できた家庭で育ったので、そういう欲もある程度満たされ、疑問を持ったことで、私なりの取捨選択をしたのだと思う。
持った事がないと、自由な意思での取捨選択も難しい。それはキューバで切ないほどに感じた。
感情解放の仕事をしながら。12週間で出来る事は限られてる。その中で、この人の心の苦しみをどう解いたらいいのか。どう進めたらいいのか。私に何が出来るのか。いつも悩みながら、考えながら進める。
父は幸せだったのか・・・。幸せだった時も沢山あったと思う。だけど、心の奥に解けないしこりを持ち続けたんじゃないか。もう解くことは出来ないと思う。それは私たち子どもたちがひとつひとつ引継ぎ、頂いた命の中でバトンとして課題に取り組んでいくのではないか。母も亡くなり、父も生きていたとしても寝たきりなんじゃないかと思うので、否応なく、そういう段階にきている気がする。
色んな事をした人生だったと思う。でも、ここにきて、結局戻ってきたのは、家族の中の課題。まだ生きているであろう父にはもう会う事は無い。それでも、受け継いだバトンをしっかり受け止め、父が模索した魂のしくみや因縁を解く事に私は取り組んでいる。逃げても逃げ切る事が出来ない私の中の「血」と向かい合いながら。そこに生まれて来た意味や理由があるような気がする。
私だけじゃなく、殆どの人は(多分全て)、その家族の中、その親を選んで生まれて来た意味や理由があるような気がする。
父が、先祖と前世から見つけられなかった「幸せ」への導き方。
私は今世と血の中に探す。それが私の「感情解放」。(オイルは重要なサポートツールです)
この仕事をいつまで続ける事が出来るのだろう。
これからも、お客さまと一緒に、悩み、苦しみ、考え、その人の心が納得できる答えを探してく・・・。
人さまの思う「幸せ」という「かたち」ではなく、その人の心が納得して生きていけるその人の魂にとっての「幸せ」と「納得」を探していきたい。
幸か不幸か、自由気ままに生きて来た私には蓄えもない。死ぬギリギリまで、頭がボケない限り、この仕事をしていく事が出来たら、いいな、と思う。
父から受け継いだバトンのような物を、私なりに昇華させるためにも。
私が「この人」を選んで生まれて来たことを納得しきるためにも。
そうやって生きていけたら、本望なのかもしれない。いや、間違ってるかもしれない・・・。この人生が何だったのかは、死んだ後に、肉体を離れた時に解るのかも。
それまでは、バトンをもって走ってみるしかないかな、と。