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私たちは親に何を求めているのか|だらだら書いた日記。

Captain Seina

ここの所、考えていた。私たちは親に何を求めているのか。
「私達」とは、親との関係で感情にいろんな影響を未だにぬぐえない40代、50代の女性、かな。
感情の問題を感じている人の殆どは親との関係や出来事が起因している。殆どじゃなくて、もしかしたら全てかもしれない。
親との関係が問題だったと解っていてもなかなか自分の考えややりかたのパターンを変える事は難しく、もしくは自分の親は良い親だったと信じ込んでいる人たちも、感情に何か問題がある場合はよーくよく掘っていくと親との事が浮かび上がる。
40代、50代となると、すごく大人な年齢だけど、精神的に大人になり切れていない場合も少なくない。
一人の人間が成長するには段階があり、ひとつひとつステップを踏まないと成長は出来ないらしい。
私が自分に対して感じているのは、大人になってからも大人になれなかった。「大人」の意味も解らなかったと思う。
私の場合は40歳位までが青年期というか。精神的な自立が確立されていく時期で、それまでは親に理解してもらいたいと思い、戦い続けた。
40歳の頃、横浜に住んでいた頃、一度九州に行き、父と話した。「15分だけ話させてくれ」と頼んだ。解ってもらうためではなく、和解する為でもなく、もう仕方のない事なのかもしれないという事を伝える為に。九州に着いた頃、全く連絡を取り合う事もない弟から電話が鳴った。「何しに来るんだ。帰って来るな!」
20代半ばから、ずっと、ずっと考えていた事。
どうして、代が変わっても同じことが繰り返されるのか。そうしたくないとやってきても繰り返されてしまう。誰が悪いわけでもなく、私たちは因縁の中のドラマを生きているのかもしれない。それを解くには、そういった因縁がない場合に比べると5倍も6倍も、もしかしたら10倍くらいの努力がいるんじゃないかと。もうそこにはそういう「課題」がある事を魂は知っていてあえてそこに生まれて来てるんじゃないかとか。
父は60代半ばだったと思う。父も「因縁を解く」という事を生業にしてきた人なので、理解はしてくれた。納得もしたと思う。だけど、もう変わることは出来ないし、家族の関係を変えることは出来なかった。きょうだいが多い分、ドラマはもうどうしようもなく複雑に拗れていき、それぞれが許し難い感情を抱え持ち、もうどうしようもない。
その後も、きょうだいの憎しみ劇は続いた。

2011年、東北の震災があった時に、私は横浜から九州に逃げた。友達がちょっといい加減で、その友達の家に行けなくなり、行き場なくなり小倉駅から父に電話した。滞在中の2週間、父は姉を一切家に近づけなかった。
その後、九州に越す事にした。父が保証人になり部屋を借りた。
父が交通事故に遭うまでは時々父にあっていた。数カ月に一度実家を訪れ、母や妹にもあっていた。弟が借金を作り、家族と一緒に実家に住むようになってからは1~2度行った記憶があるが、殺伐としていて居心地が悪かった。
姉と顔を合わせると姉の憎しみを感じる。彼女の態度や言動は私を刺す。だから私も刺し返す。
父の仕事柄、お盆やお正月は沢山の人が訪ねてくる。お客さんたちや姉と弟家族が帰った後を見計らって実家に行く。父はいつも私の為に料理を別に取っておいた。いつも優しく「持って帰れ」といった。
もう、どうしようもなくなってしまった事。やってしまった事、起こってしまった事、積み重ねてしまった家族をもう修復は出来ない。

何時までだったら修復が出来るチャンスがあったのだろう・・・。
私の家族の場合は多分、私が30歳位で、父が54歳位で、母が58歳位の時じゃないかと。
姉もまだ離婚前で男に走る前。その男が出てくる前。
弟もまだ離婚前で子供を手放す前。
妹もまだ中学生だった。

私の家では父が強く、全てをコントロールしていたので、母の影響は比較的少ない。
その父が、54歳だったころ。
自分が50歳になってみると、あの頃の「父親」はたったの54歳だったのだと、気付く。
22歳で父親になったあの人を、責めることは出来きない。

最近は、よく映画を見た。樹木希林が気になって調べているうちに彼女の出た映画が見たくなったの。
ワンピースを引っ張り出す際に見つけたロシアのサイトでいくつか見つけた。
「万引き家族」「あん」「わが母の記」「海よりもまだ深く」「そして父になる」「東京タワー」「歩いても歩いても」「海街diary」等々。あと、もっくんの「おくりびと」も見た。

その中で、「わが母の記」「海よりもまだ深く」「おくりびと」に共通していたのは、親が亡くなった後、もしくは年老いた時に「自分が愛されていた」という「かけら」を見つけるの。その事でその人の中の何かが落ち着くというか。溶けるというか。
自分が生まれた意味が解らず、自分が生まれて来たことを疑問に思い、苦しむ。
意味を見つける為に、誰かの役に立とうとしたり、成功したいと思ったり。
自分が生まれて来た意味が解らず模索するのかもしれない。
人から認められたいと思う気持ちも、親から認められなかったから、埋められないものを求めるのかもしれない。

私もそういう経験がある。
私の音楽をいつも否定していた父の車のバックシートに私のCDがあった。30歳の時に作ったアルバム。
バックシートにあったCDはそれ一枚だった。震災から逃げて九州に行っていた2011年の春。お彼岸の日の朝だった。
私がそれを見つけた事に、父は気づいていないと思う。
そのCDを見た時に、私の中で何かが溶けていった。

家族の中で戦って、戦って、傷ついてきた時間が長かったから、私も歳を重ねて来ていたから、色んな人と関わり、色んな社会を経験したから、たったそれだけの事が私に納得を与えてくれたのかもしれない。
30歳のまだまだ子供だった私だと、それだけの事では納得は出来なかったかもしれない。

冒頭に書いた【ここの所、考えていた。私たちは親に何を求めているのか】
「自分が愛されていた」という確信。なんじゃないかと・・・。

でも、それはこちらも大人にならないと理解できない。
色んな経験をして、他人の事情を考え、理解できるような、ある程度の大人の想像力と理解力が必要なんじゃないかと。

私が今、たった一人で静かに暮らしながらも、心穏やかなのは「私は愛されていた」と心の奥深くにあるからだと思う。もちろん沢山の人たちの支えがあって助けられてきた。ボロボロだった私の心の柱の様なものを補強してくれた。だけど、その柱の芯というか、ボロボロの柱は親との愛情関係で立っているのではないかと。
スピリチュアル的には、子供が親を選んで生まれてくるという。
でも、現実での物理的には父親と母親がセックスをし、お腹に宿り、産むという事は、親が選択した事で、彼らが選んだこと。
自分が選んで手にしたものを大切にできないのなら、あなたたちの勝手や都合だけで産まないでくれ。と思ってしまう。
それは物じゃなく一人の命であり、人生。
子供を産んだ親が、その時に大人なのか。分別はあるのか。立派なのか。

自分がもう親が子育てをした年齢を超えているのなら、大人になるしかない。大人になれた時、理解が出来て解けるのかもしれない。子供でいる限り理解は出来ないと思う。その苦しみから脱したいのなら、大人になるしかない。

50歳になってみて感じた事は、30歳はまだまだ子供だという事。
私の場合は40歳くらいでやっと青年になりだしたのかもしれない。
感情解放をやっていて、感情のワークで親との事を大人の理解力で理解して乗り越えられる、大人になれるのは、日本人女性の場合は早くて30代後半からじゃないかと感じてる。40代が一番やりやすい。
50歳前後からは大変で、多くの場合4週間の延長が必要になる。積み上げた時間が長いほど、護りたいものや、譲りたくないもの、変えたくないものがあるのかもしれない。
感情解放の12週間(もしくは16週間)を無事に乗り越えられると、物の捉え方や見かたといったものが変わる。大きなきっかけにはなると思う。そこからまだまだ色んな事にぶつかるだろうし、悩むだろうけど、自分で考えながら、いろんな経験をし、そうやって親から精神的に自立し大人になっていくんだと思う。5年位そういう時期が続く。そして、安定していく。

生き方を変えるには体力と気力と柔軟性が必要だと感じる。
50歳になったら、気力や体力に変化を感じた。
見えている景色が変わった。よく見えない山頂へ歩いて行っているような感じが、歩んできた道のりや景色を感慨深く見て感謝しているというか。もう少ししたら不要になった登山道具、古くなった道具は捨てて整理しないとこの先生き難いかもな。と。
「感謝している」というときれいにいい人みたいに感じるかもしれないけど、沢山失敗もしたし、恥ずかしい事もしたし、失礼もしたけど、自分がやった事に後悔はあまりないの。これから先、老いていく事は必然で、先を考えると不安になるけど、今まで何とか生きてこれたからこの先も何とかなるんじゃないかと。
離婚したことも、子供がいない事も、お金持ちになれなかったことも、音楽で「俗にいう成功」をしなかったことも全く後悔はない。それよりも、心を乱さず日々暮らす事が出来ている事がとても嬉しい。
あえて、後悔があるとしたら、家族がこんな形になってしまった事。でも、それはどうしようもなかった事だと思ってる。
私が自分の心を殺す以外になかったと思う。

55歳、60歳まではなんとなく想像が出来るような気がするけど、60歳を過ぎる頃、気力と体力がどのくらいあるのかは解らない。新しい体験をして塗り替えていくには気力と体力と柔軟性がいる。「今の私」にサポートできるのは55歳がリミットなんじゃないかと思い、この前、感情解放の年齢の上限を55歳にしました。

感情解放のコースで目指している事は、その人を大人にさせるというか。大人になる準備というか。その際に過去にため込んだ感情の解放は必然の作業になる。でも、感情を解放させてもその人の考え方のシステムを変えないと殆ど意味がない。

私もそうだけど、大人になれなかったのは、なんかしくじっちゃったんだよね。
大人の階段上りだしたのは40歳チョットで、今やっとまぁまぁ大人かもね。
親がしくじったのか、私がしくじったのか。多分両方かもね。

なんか、ダラダラまとまりがないです。纏まらないんです。
こういう事、スパッとまとめられて、きちんと書けたら、私はもっと立派になれていたでしょう。でも、自分が立派だとか、解り切ったと思ったりしたら、もうその人は人の心を解くことは出来ない気がします。依存系やコントロール系で居たい人はそれでもいいかも。あと頭だけで理解して心を通しなくない人とかも。

不思議なもんだけど、答えをスパッと出せても心には響かない。
一緒に考えて、一緒に悩んでいるのが、大切な気がするの。
心って本当に不思議だし面倒なものだと思います。