感情解放のコースをするとき、様々な人生のドラマを垣間見ます。私人生を振り返っても出せない答えも多く、答えが見えないときには本を読んだりします。精神科医の書いた本などをよく読みます。
特に、母親との関係で、母親が強く、コントロールをされてきたケースがいくつかあり、母親との関係というものを調べたりしました。その事に関するヒントが欲しいと思って読んだ本をきっかけに、その他の色々な情報や知識を知る機会にもなります。
私の家では父が強く、私の母は強い人ではなく、子供たちをコントロールできる力も威厳もありませんでした。父がいう事がすべて正しく、父が威厳であり、父がコントロールをしていました。
そんな私にとって、コントロールをする母親を理解しようと、何冊も本を読みました。
子供は母親の肉体で繋がり、肉体の中で成長し、産まれる。肉体としての分離をする。
産まれてから安心を受け取りながら、徐々に母親からの精神的な分離を行っていくそうで、子供というのは父親とは比べ物にならないほど母親からの影響を受けるそうです。
私はよく不思議に思っていたのが、私は母親の影響より父親の影響が強いと感じていました。自分の中にある母親の影響を感じ取ろうとしても父親が強いんです。とても不思議でした。
一つの理由は、父親が家庭や家族をコントロールしていて、そのコントロールの影響がとても強かったのだと思います。
昔からよく聞くのが、母親の優しさと父親は厳しさが子供の成長の過程で役割を果たす、というような感じの事があるそうです。
最近いくつかの本を読んでいて、その中で母親と子供の成長過程でのプロセスや影響で気が付いた事がありました。
母親というのは寛容さと共感性をもって子供に安心感を与えるそうです。特に3歳くらいまでが大事だそうです。ある本では2歳までと書いていました。
本を読みながら、はっとしました。
私・・・共感性の様なものを母からもらってない、と。殆ど記憶にないんです。
若い頃からずっと気にはなっていて、とても不思議に感じていたのが、私には母性の様なものがあまりないんです。父性のようなものの方がある気がします。
姉や両親から否定的な事を色々言われてきたのは記憶にたくさんあり、それが若い頃の私を歪ませ、苦しめたとは思ってはいたのですが、それを乗り越えたとは思うのですが、その後も私には母性的な共感性や寛容性が少ないんです。
友達は、「そんなことないよ。」とは言いますが、無いというか、母性が希薄なんです。子供を産んで、授乳をしたら母性が生まれるのか。そうとも言いますが、それ以前に、母性的な共感性や寛容性が多分普通の人より希薄なんです。
だからといって、人の気持ちが理解できないという事ではなく、そういう事を感じ取り理解する事には長けているとは思うのですが、その処理の仕方がとても理論的だったり。じゃぁ、その人がそれを理解するには、成長するにはどうしたらいんだろう、という方向になります。
どうして私にはそういった女性的な、母性の様なものがないのだろうと、ずっとずっと心に疑問がありました。
前世で男が多かったのかなぁ。とかで、適当に済ませていた時期もありました。
でも、最近気づいたんです。
多分乳児期や幼児期にそういう物を母から受けてないと。
私は4人きょうだいで、私の下に5つ離れた弟と、16離れた妹がいます。
よーくよく、思い出してみると、母が乳児期などに子供の気持ちを汲み取って共感してあげたりしている事があまりなかったというか。記憶に殆どないんです。
弟は長男でもあったのでとても可愛がられはしましたが、私と姉が良く面倒を見ていました。物心がつくころには母方の祖母に預けて仕事をしていました。
妹の事も私たちがやれることはやりました。とてもよく覚えているのは、私が178歳の頃(妹12歳)には5つ離れた弟におんぶ紐を結び付けて妹の守をさせていました。
よーくよく考えると、子供の頃、若い頃、母に私がどんな赤ちゃんで、どんな子供だったか訊くと、母はいつも「あんたはほんとに手のかからない子だった。おとなしくて、紙を一枚あげると一人で遊んでいた。」。
弟と妹の乳児期や幼児期の母を見ていると、私は多分手がかからない子で、手をかけなかったのだろうと。
もう一つ、とても気になる事が書かれていたのですが、これはとてもプライベートな事なのでちょっとここには書けません。
私に母性の様な寛容さや共感性がないのは、私の持って生まれた性格とか性質というより、乳児期の環境の中でそうなったんじゃないかと、50歳にもなって気づいたんです。
母の生まれ育ったバックグランド等々を理解すると、母を責める気持ちは全くありませんが、数日間ショックで呆然としていました。
これは受け入れるしかない事で、仕方のない事。
私の場合は、もう子供を産むこともないので、ただ受け入れればいいだけの事。
長年の謎が解けたのですが、2~3日呆然としていました。