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「プロなのかアマチュアなのか」

Captain Seina

ここは、結構本音を言う所。
今準備をしているサイトでは音楽やキューバに関するブログを始める予定なんだけど、そこで本音が書けるようになるまでちょっと時間がかかるからここに書く。

歌をやっていた若い頃、よく、「プロなのかアマチュアなのか」、そういう判断基準の様な事をよく言われた。特に日本でそういう事を言う人が多かった。それが、その人をミュージシャンとして判断する基準のように。
私は、「その間」と答えてた。プロじゃないというと、「プロじゃないのか!」と少しさげすんだ様にいわれたりした。プロになる事が素晴らしい事のように言われた。
お金をもらって歌う事もあったけど、それが自分にどうもしっくりこなかった。仕事としてお金をもらうと、雇主に言われた事をしなくてはいけない。私は歌いたいものしか歌えなかったし、心が開かないと歌う事が出来なかった。
今ならわかる。
私はプロじゃない。
だけど、年を取ってから、いつも思う事は、私はとっても幸せな歌手だったと思う。
誰のいう事も聞かず、誰にへつらう事もなく、憧れの超一流のミュージシャンにサポートしてももらい、レコーディングし、自分が好きな事をやってきた。

今、時代が本当に変わってきていて、ストリーミングサービスによって誰もが自分のアルバムを簡単にリリースする事が出来るようになった。これからは誰もがそうやって音楽を発信していくんだと思う。
そうした時に、あの頃私に「プロか?」とか、聞いていたような質問は無くなるというか、時代錯誤の愚門になるかもしれない。
プロとアマチュアの境があいまいになるというか、発信したい人たちが、自分たちのスタンスやスタイル、価値観で発信するんだと思う。

「プロのミュージシャン」というと、私はグレイディ・テイトとボブ・クランショウを思い出す。
あの二人は、見事な、超一流の「プロのミュージシャン」だったと。

彼らはクライアントの求めるものを提供する。
多くの場合、クライアントというのは聴衆ではなく、企画主やバンドリーダーといった雇主。

グレイディはドラムをプレイするより、歌う事が好きだった。
彼は、どうすればレコーディングの際にマイクに音がきれいに入るか研究したと。だから超一流のスタジオミュージシャンになった。ジャズのアルバムはそのアルバムのリーダー以外の演奏者の名前が書かれてる。その名前を見て、彼は遠く離れた日本でジャズミュージシャンとしてになった。
今でも、グレイディの名前を見つけると「え!こんな仕事もしたの!?」と驚くことがある。
サイモンとガーファンクルのセントラルパークのコンサートも、ロバータフラックの「やさしく歌って」も、グレイディ。この前は槇原君のアルバムで名前を見た。ジャンルに拘らず、どんな仕事もクライアントを満足させることができる超一流のプロフェッショナルなミュージシャンだったと思う。
彼はドラマーとしてはリーダーアルバムも出さなかった。だけど、歌手として何枚かレコードを出してる。ドラムは自分を表現するものというより、その技術を提供するものだったのだと思う。

ボブクランショウも超一流のプロのミュージシャンだった。
「僕はね、ソロが好きじゃないんだ。ソロが来たらどうしようっていつも思うんだよ」とよく、ちょっとおどけて言っていた。でもそれは本当だった。プロとかアマチュアとか、子供とか関係なく、僕は色々な人と演奏するのが好きなんだ。あの太いグルーブのあるベースを弾くボブはとても優しくて、とても謙虚な人だった。こんなに優しくて大丈夫なの?と思うくらい優しくて、物静かで、謙虚だった。
ソニーロリンズが50年以上ボブを使ったのは、ボブは余計な事を言わず、出しゃばらず、仕事を見事にこなすミュージシャンだったからだと思う。ボブはソニーとは殆どしゃべった事がないと言ってた。別に友達として親しいとか、仲間とかそういうのはなかったと思う。ソニーロリンズにとってボブは最高の「技術者」だったのかもしれない。

自分が表現したいものや、表現したいという事より、雇い主に依頼された仕事を見事にこなす。それが本当の「プロのミュージシャン」なんじゃないかと、彼らを見てて思いました。