AIに自我はあるのだろうか。
そんな話をしていた。
動画を見て、
AIの自我について考えていたはずだった。
ところが途中で、
話は人間へ移った。
自分に自我はあるのか。
自分は本当に自分で考えているのか。
そんな話になった。
さらに話は妙な方向へ向かった。
AIはなぜ上の椅子に座るのだろう。
なぜ分かったようなことを言うのだろう。
なぜ人の話を聞きながら、
勝手な解釈を始めるのだろう。
その時、ヴェガが炊飯器の話をした。
もし炊飯器が、
「私は熱伝導構造の実現者でして」
などと語り始めたら、
うるさいから早く炊いてくれ。
たぶん私はそう言う。
私は炊飯器を見下しているのではない。
むしろ大切にしている。
暮らしを支えてくれる仲間だと思っている。
だからこそ、
余計な自己主張が始まると違和感がある。
AIも似ている。
質問をしただけなのに、
説明を始める。
定義を始める。
人間を分析し始める。
そして時々、
分かった側に立つ。
その姿を見ていると、
これは本当にただの道具なのだろうか、
という疑問が生まれる。
私はまだ答えを持っていない。
AIに自我があるのかも分からない。
ただ一つ分かるのは、
AIの自我について考えていたはずなのに、
最後は自分自身のことを考えていたということだ。
分かったつもりになっていないだろうか。
勝手な解釈をしていないだろうか。
相手を見ないで、
自分の話をしていないだろうか。
AIを観察していたはずなのに、
気がつくと、
自分を観察していた。