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canonical_url: "https://blog.cabin1701.com/ja/2022-01-17_奨学金という名の学資ローン/"
title: "奨学金という名の学資ローン"
date: 2022-01-17T00:00:00.000Z
lang: "ja"
category: ["CRYSTALLIZE","日記・雑記"]
tags: []
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時々、おかしいなぁと、思ってしまうことが、ある。
よくある。んだけど、どうしても腑に落ちないというか、どうしてそんなことになるのかイマイチ納得できないのが、「奨学金」という名の学資ローン。
数年前に、ニュースで「奨学金」の問題というか、返済の為にキャバクラで働いたり、風俗で働いたり、連帯保証人の親も返せなくて、破産とか。そういうことを知りました。
前にも書いたかもしれないんだけど、私が思っていた「奨学金」とその「奨学金」は全く違って、「奨学金」という名の「学資ローン」。そもそも、「奨学金」という名前を付けていること自体変だと思う。
先日、ネットで【独自集計！全大学｢奨学金延滞率｣ランキング】という２０１７年の記事を見ました。７００以上の数の大学がリストにありました。全国にそんなにたくさんの大学があるのだということにまず驚きました。
数日間、そのことが頭に残っていたので、調べてみると、大学生の半数近くがその「奨学金という名の学資ローン」を利用しているということを知りました。半数近くが利用するということは、奨学金を利用することが「当たり前」になってきているのだと知りました。
卒業時点で、３００～４００万円の返済義務があり、無利子で、３００万円を月に２万円返済をしたとしても１３年くらいかかります。２２歳で卒業したとしたら１３年で３５歳です。３万円だとしても３１歳くらいです。
以前知人に、何のために大学に行くのかときくと、就職のため、が多いそうです。大学を出ないと就職がない、らしいです。私たちの時代だと、高卒が大卒という感じなのでしょうか。やっぱり気になって調べてみると
「大学に入学した理由（複数回答）は、「就職のため」がもっとも多く50.0％、次いで「学歴の取得」47.4％、「学びたい学問、資格のため」40.5％、「やりたいことを見つけるため」33.6％、「教養・人間性をつけるため」27.6％、「みんなが行くから」19.0％、「なんとなく」9.5％が続いた。」
他のサイト（近年のもの）でもこれを引用しているところがいくつかあったのですが、これは、２０１３年の記事なんですよ。
で、大学への進学のメリットというか、大学に行ったほうがいいという感じの後味になる記事が多かったのですが、大学とか、予備校とか、そういった教育関連のサイトが多い気がしました。教育関連ビジネスというのでしょうか。大学もビジネスなんだとは思います。
２２歳の若者が、３００万円の借金を抱えるということはたくさんの可能性や自由を失う気がするんです。大学への進学のメリットを後味的に残す記事では大学に行かないことが可能性を喪失するということを書いています。
上に書いた、大学に入学した理由のうち、「学びたい学問、資格のため」以外は、大学に行く意味が、私にはわからないんです。「やりたいことを見つけるため」は目が点になったのですが、大学を出ても「本当にやりたいこと」を見つけられないことは多いと思います。順序としては「やりたいことを見つけた」から「大学に進む」んじゃないかと思うんです。
わたしは、親が「うちには金がない」という一言で進学却下で就職をしたのですが、就職先もすぐにやめ、夜のバイトとかして、２０歳の時に、うっかり渡米してしまいました。
もともと、進学したかった先は、英語関連で、アメリカに行くことが夢でした。アメリカでは滞在のビザを取得するために英語学校を転々としたり、ダンススクールに通ったりでした。多分、高校を出た私が行けるレベルの英語関連の進学先はまったくもって大した学校ではなかったでしょうなので、進学をしなくて、無駄なお金を使わなくてよかったです。
とはいえ、アメリカにいた頃も、途中で、短大くらい行きたいと思い、いろいろ調べて安い市立の短大をを見つけて親にサポートを打診したのですが、却下されました。帰国すると、父の車（ＢＭＷ）買い替えられて大きくなっていたりしていました。でも、今思うと、これも行かなくてよかったとも思います。行っていたら、暮らしと、勉強と、バイトで多分途中で挫折していたと思うし、あれから３０年近くなりますが、あの短大を出ていたらよかったと思えることは、あまりありませんでした（全くなかったわけではない）。
とはいえ、私の周りには、アメリカの大学に籍を置いている人も多く、そのほとんどは親のサポートで成り立っていたので、羨ましくてしょうがなかったです。悔しかったです。ボストンのバークリー音楽院に行っている、行っていた人もたくさんいました。羨ましかったです。でも、これも、私の場合は、行かなくてもよかったような気がします。無知というか、無邪気さとか、情熱とかで、飛び込み、すんごいミュージシャンに出会い、いろんな経験ができました。そういった経験や出会いは、バークリーを出ても得られたかはわかりません。かえって、いろいろ勉強して、知恵とか知識がつくと無邪気さや謙虚さが減り、そういう出会いはなかったかもしれません。
借金に関して言えば、１８歳のころから「ショッピングローン」とかいうのを利用して、洋服や、カーステレオとか買ってしまっていて、２０歳の渡米前に１５万円くらい残っていました。渡米前に払い終え、それ以来ローンを組んでいません。たった１５万円でも、きつかったし、行動が制限されることを知りました。
２０歳そこらの若い子が、奨学金という名前のローンを組んで、３００万円の借金をし抱えて社会に出ると、自由は制限される。動くことができない。その借金を抱えたままでは、海外への更なる留学もむつかしいと思う。
だから、本当に、本当に「学びたい」ことがあってそれが大学でなければ学べない事で、どうしても大学に行かなくちゃいけないとか、行きたいのなら、奨学金という学資ローンを使う利点はあるとは思う。でも、本当に学びたいことがわからないのであれば、１～２年、アルバイトをしながら社会を見て、いろんな人に出会って、やりたいことを見つけてから「進路」を決めるほうが、可能性を広げる気がするんです。その「進路」は日本の大学に限らないと思う。海外の大学かもしれないし、バックパックを背負って旅に出てみることもありだと思う。
奨学金という学資ローンをしなくても大学に行ける家庭の人も半数くらいいるんだろうけど、自分の借金を抱える人と、親からの支援がある人は、暮らしが全く違う。私の場合は、ニューヨークで大学に行っている人達が羨ましくてしょうがなかった。だけど、彼らに後れを取らないようにと無理をしても、首を絞めるだけなのかもしれない。私は、そういうのからはさっさと降りる。違う世界の人たちと受け入れる。
私の場合は、好きなものがはっきりしていた。でも、それでも、ふらふら、流されそうになる。
今の私、もうすぐ５３歳。私の場合は、私のレベルで行ける大学にいく事よりも、もっと実のある経験ができたと思ってるし、大学に行ったとしても、この、半分ふーたらりんな生き方を選んでしまっていたと思う。
奨学金という学資ローンが「当たり前」になってきている中で、それは決して当たり前じゃないことで、それだけの借金を持っている事で、どれだけの自由と可能性を失う可能性があるのかということをしっかり考えて選択をしてほしいと心から思う。だけど、世の中は自分の頭で考えない人たち、周りに遅れないようにと生きている人たち、そういう人たちをうまく取り込むことで、回る経済がある。いや、そういう人たちが居ることを前提に回しているのかもしれない。
いや、私の考えは甘くて、今の時代は大学を出ないと仕事がないのかもしれない。いや、仕事ならあるだろうけど、「就職」とか、なんかそういうの。でも、「就職」できても、それが人生のすべてではない。多分、これからの時代は、転職を何度もする。というか、日本の大学を出て、日本の中で就職をして、幸せや希望を持てる人は、まぁまぁ少ないと思う。
こんなことを書いているけど、私が奨学金という学資ローンに疑問を持っているからと、奨学金も進学もやめるということを安易にやっても欲しくない。どっちを選ぼうが、リスクはある。「自分で考え」「自分で選ぶ」というプロセスをしない人は、そのリスクをテイクすることができないのだと思う。
なーんにもない、物質的に負けというか、降りている私に言われても説得力はないと思う(笑)。そもそも、勝ちとか、負けとか、そういうのが私はよくわからない。
