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canonical_url: "https://blog.cabin1701.com/ja/2021-10-18_自己否定感のないゼロそこが幸せの基軸なのかも/"
title: "自己否定感のない「ゼロ」。そこが幸せの基軸なのかも。"
date: 2021-10-18T00:00:00.000Z
lang: "ja"
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category: ["CRYSTALLIZE","心いろいろ"]
tags: []
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![featured](https://media.cabin1701.com/crystallize/2021/1018a-e1634537542786.jpg)
まぁ、静かに、穏やかに暮らしてる。

贅沢はないし、キラキラもしない。誰から認められるわけでもなく、お金がある訳でもなく、愛する家族がいる訳でもなく、容姿端麗なわけでもなく。大して生産性がある訳でもなく、大して誰かの役に立っている訳でもない。

年齢的なものもあるかもだけど、今はどこにも行きたくない。

黙々と自分と暮らしている。

幸せだなぁ、と、思ふ。

ありがたいな、と毎日思ふ。

自己肯定感があるというか、自己否定があまりなくなったからだと思う。

親や家族との関りで、自己否定感が強くあったと思う。それは、呪いというか、呪縛のようなものだったとも思う。

別に、親が私を呪おうとかした訳ではなく、親自身も、自己否定感を抱えて生きていただけなのだと思う。

その呪縛のようなものはどうやったら取れたのか。と言われると・・・。感情解放だね。

①こびりついた感情が浮かび上がったら、オイルで掃除する。ひとつひとつアナライズしていき、大人の頭で理解していく。

心の掃除と整理みたいなものかもだ。

②ひとつ片付くと、風通しがちょっと良くなり、すこし動きやすくもなる。そして新しい経験をする。新しい経験が、自分の中に過去の経験として刻まれていく。

この①と②を10年近く繰り返した。

お金はあまりない。

家族もいない。

友達も少ないかなぁ。というか、「社交」的な付き合いを止めた。

お金・家族・友達。あと、成功？
そういうのが、「幸せ」のアイテムのように思ってしまうかもしれないけど、私の場合は、「自分が自分であること」。それがとても大きな幸せな気がする。言い換えれば、自己否定感を抱えていた頃は、生きているだけ、存在しているだけで、苦しかった。

だから、夢や希望を探したし、追っかけた。

虹の向こうに、そういう所があるんだと、歌の歌詞（Over the Rainbow）の世界ね。

ちなみに、この歌が歌われた映画の「オズの魔法使い」（1939年）で、ドロシー役を演じたジュディ・ガーランドは当時16歳。ジュディのバイオグラフィーで、彼女はあの頃すでに薬漬けだったらしい。薬を与える事でたくさんの仕事が出来るので（多分寝ないとか？）、MGMだっけか（映画会社）が、彼女をクスリ漬けにしたとか。

夢や希望を探したり、追っかけて、掴めたとしても、現実を受け止め、自分を受け入れるしかなかった。

その、自分の受け入れ方が長い年月、解らなかった。

呪縛が解けて、自分を受け入れられたら、自分が存在しているだけで、私はいいんじゃないかと、そんな風に思えるようになった。

楽になった。

楽しくなった。

穏やかになった。

幸せについていろいろな人がいろんな事を云う。

幸せについてというより、「よりよい人生」「よりよい暮らし」を得るためにはと言う感じかもしれない。

お金、仕事、学歴、家族、友達、資産・・・。これらがすべていい感じにあったとしても、自己否定感を持っていたら、幸せを感じにくいのかもしれないし、どれも上を見ればキリがない。

だからさ。わかんないよ。けどさ。自分が自分であること、それを否定されない（否定されても受け入れない）、自分が自分の存在を否定しない。それが一番の幸せ、というか、これがないと何を得ても幸せになれないんじゃないかと。そんな気がするんだ。わたしは。

一番の幸せというか、「ゼロ」。基軸なのかな。

うちの感情解放は、キラキラしたり、お金が入ってきたり、愛する人に出会えたり、とか、「プラス」じゃなくて、「ゼロ」に持っていくんだと思う。近づけていくかな。「ゼロ」には「善い」「悪い」とか、善悪がない気がする。

「ゼロ」ってけっこう難しくて、人間ってみんな偏ってる。だから、「ゼロ」になれる。「ゼロ」で居られる。ってことは極めて難しいと思う。だから「出来るだけ近づけていく」。そんな作業を延々とやっていく。

で、死ぬときは、まじで、「ゼロ」

死ぬときに、モノも、人も、「ゼロ」に出来るだけ近づけられていたら、とってもいいな、と思う。けど、まぁ、色々、ごちゃごちゃ持っているのでしょう。

自分を、好きにならなくてもいいけど、嫌いでいて欲しくない。

「ゼロ」でいられるだけで、なんか結構幸せになれる、なれた、気がしている。わたしはね。

たったそれだけだった。

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写真は、この前ローメインレタスが安かったから、作ったら美味しかったシーザーサラダ（食べかけ）。
![](https://media.cabin1701.com/crystallize/2021/1018a.jpg)
ロメインレタス　←見つけたら、シーザーです。
Ａ：
冷凍庫にあった自家製パン　←ホームベーカリーで焼いてる
自家製パンチェッタ（豚塩漬け）←日本のベーコンまずいので、これです！
↑フライパンにオリーブオイルを薄く引きパンチェッタ（ベーコンでＯＫ）をカリカリにむけて火を入れ、その後にんにくのみじん切をいれる。で、ダイスに切ったパンを投入。適当にカリカリにする。
パンをクルトンにする際、パンチェッタの塩と脂、にんにくで味をつけているのです。

Ｂ：
塩　←うちは、まろい、ピンクソルトです
黒コショウ
マヨネーズ
レモン
オリーブオイル
↑これを機械とかで混ぜる。うちは、ミルクの泡だて器でウイーンとしています。
そのご、温泉卵を入れて軽く混ぜる。

ロメインレタスにＡとＢをかける。

粉チーズ　←ぶりぶりにかける。
黒コショウもまたかけるｗ
