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title: "「普通」という「枠」"
date: 2017-06-30T00:00:00.000Z
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category: ["CRYSTALLIZE","心いろいろ"]
tags: []
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![featured](https://media.cabin1701.com/crystallize/2017/IMG_1804.jpg)
昨日、「発達障害について思う事」を書いて、今朝目が覚めた時にふと。
「普通」ってなんだろう？

「普通」という「枠」なんじゃないかと。

「普通にしなさい」ともよく言われた。

母は私が20歳の頃「どうして平凡に生きられないのかね？」と何度も私に言った。

その都度
「平凡ってなんなん？」と私は強く言った。
「平凡」「普通」という意味や基準が私には本当に解らなかった。

お客様と向かい合っていくと、「普通」という枠のなかに収めて生きてこようとしてきた人たちみんな個性的だと思うし、先天的か後天的かは解らないとしてもだれ一人同じ人なんていない。

彼女たちの多くが口を揃えて言うのが、「自分の気持ちが解らない」

親の影響は勿論だけど、社会や学校、友達内での価値基準を優先して、「自分を殺して（抑えて）周りに合す」という事が良いともされてきたとも思う。

「枠」からはみ出す事によって孤立やある種の攻撃を受ける事もある。
特に日本の社会はそういう事が当たり前になると思う。
はみ出す方が「おかしい人」「困った人」。

クリスタライズのお客様の多くが私と同世代の40代50代の女性。
私たちの世代は、そういう価値観の時代に生きて来た。

その中の「普通」はなんだったのか。
生活スタイル、目指すもの、仕事、考え方、価値観、ある一定の「枠」がある気がする。

クリスタライズのお客様を見ていると40代、50代の「普通」といわれる「枠」の中に収めて生きようとしてきた人たちの「枠」の亀裂が起こっているように感じる。
